行政の不作為に対する法的救済手段として、不作為の違法確認訴訟があります。
例えば、ある企業が工場建設の許可を申請したものの、行政機関からなかなか回答を得られないとします。
企業側は事業計画の遅延によって大きな損害を被る可能性があり、迅速な対応を迫られます。
このような場合、不作為の違法確認訴訟によって、行政機関の対応の違法性を問うことができます。
多くの訴訟には、権利者が訴訟を起こせる期間(出訴期間)が法律で定められていますが、不作為の違法確認訴訟には出訴期間がありません。
これは一体なぜなのか?
本稿では、不作為の違法確認訴訟に出訴期間の定めがない理由を、様々な観点から詳しく解説していきます。
不作為の違法確認訴訟とは?
まず、不作為の違法確認訴訟とはどのような訴訟なのか、その定義と性質を明確にしておきましょう。
不作為の違法確認訴訟は、行政事件訴訟法に基づく訴訟類型の一つです。行政機関が法令に基づく申請に対し、処分をしなければならないにもかかわらず、処分をしない場合に、その不作為が違法であることの確認を求める訴訟です。
例えば、先ほどの例のように、建築確認申請を提出したにもかかわらず、行政機関が相当な期間内に許可も不許可もしない場合などが考えられます。
出訴期間とは?
次に、訴訟における「出訴期間」について解説します。
出訴期間とは、権利者が訴訟を起こせる期間のことです。多くの訴訟には、権利が発生してから一定期間内に訴訟を起こさないと、訴訟を起こす権利が消滅してしまうという制度があります 。これは、時間の経過とともに証拠が散逸したり、関係者の記憶があいまいになったりするなどして、適正な裁判を行うことが困難になることを防ぐためです。
他の訴訟における出訴期間
民事訴訟では、権利の種類に応じて、消滅時効と呼ばれる出訴期間が定められています。例えば、不法行為に基づく損害賠償請求権は、損害及び加害者を知った時から3年で時効にかかります(民法724条)。
刑事訴訟においても、犯罪の種類に応じて公訴時効が定められています。殺人罪は、公訴時効が成立するまで20年です(刑法250条)。
このように、多くの訴訟類型において出訴期間が定められているのは、訴訟制度の安定性や、証拠の散逸を防ぎ、適正な裁判を実現するためです。
なぜ不作為の違法確認訴訟には出訴期間がないのか?
それでは、なぜ不作為の違法確認訴訟には出訴期間が定められていないのでしょうか?
これは、不作為の違法確認訴訟特有の性質に起因しています。以下に、主な理由を詳しく見ていきましょう。
権利侵害の継続性
不作為による権利侵害は、作為による権利侵害とは異なり、一回限りの行為で終わるものではありません。行政機関が処分をしないという状態は継続しており、権利侵害も継続しています。そのため、いつから出訴期間を起算すべきか明確に定めることが難しいという問題があります。
最高裁判所の判例 では、「具体的な争訟」の意味について、当事者間の具体的な法律関係ないし権利義務の存否に関する争いであり、かつ、法律を適用することにより終局的に解決できるものに限られると解されています。不作為の違法確認訴訟においては、行政機関が処分をしないという状態が継続している限り、権利侵害も継続しており、終局的な解決が難しい場合があると言えるでしょう。
権利意識の明確化
不作為による権利侵害は、作為による権利侵害に比べて、権利者が権利侵害を受けているという意識を持ちにくい場合があります。例えば、建築確認申請を提出したものの、なかなか許可が下りない場合、申請者は「単に行政手続きに時間がかかっているだけ」と考えてしまい、権利侵害を受けているという認識に至らない可能性があります 。
このような場合、出訴期間を設けてしまうと、権利者が権利侵害に気づかないまま出訴期間が経過し、救済を受けられなくなる可能性があります。そのため、権利者の保護の観点から、不作為の違法確認訴訟には出訴期間を設けない方がよいと考えられています。
司法資源の効率的利用
不作為の違法確認訴訟では、行政機関が処分をしない理由や、その不作為が違法であるかどうかの判断など、争点が多岐にわたる場合があります。そのため、出訴期間を設けてしまうと、訴訟が長期化する可能性があり、司法資源の効率的な利用という観点からも問題が生じることが考えられます。
学説 によると、行為の違法確認訴訟を提起することが、行政上の法律関係における国民の実効的な権利救済手段となりうるという指摘があります。出訴期間を設けないことで、国民が権利救済を求める機会を広く保障していると言えるでしょう。
立法政策
不作為の違法確認訴訟に関する立法政策の経緯をみると、出訴期間を設けないという判断は、上記の理由を総合的に考慮した結果であると考えられます 。
不作為の違法確認訴訟に出訴期間がないことによる問題点
不作為の違法確認訴訟に出訴期間がないことによるメリットは大きい一方で、問題点も指摘されています。
出訴期間がないため、いつまでも訴訟を起こされるリスクが行政機関側に存在し、行政の安定性を阻害する可能性があります 。また、長期間経過した後に訴訟が起こされた場合、証拠の散逸や関係者の記憶の風化などにより、事実認定が困難になる可能性も懸念されます。
今後の法改正に向けた提言
これらの問題点を踏まえ、不作為の違法確認訴訟に出訴期間を設けるかどうかについては、今後の法改正に向けた議論が必要となります。
その際には、権利者の保護と行政の安定性、司法資源の効率的利用など、様々な観点を考慮した上で、慎重に検討していく必要があるでしょう。
結論
不作為の違法確認訴訟に出訴期間がないのは、権利侵害の継続性、権利意識の明確化、司法資源の効率的利用といった様々な要因を考慮した結果です。