憲法解説

憲法 | 国政調査権についてわかりやすく 役割と行使の限界についても

国政調査権

国政調査権は、日本国憲法第62条に明記されており、

「両議院は、各々国政に関する調査を行い、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる」と規定されています。

国政調査権の法的性質を巡っては、「独立権能説」と「補助的権能説」の二つの有力な学説が存在します。通説である補助的権能説は、調査権を立法や行政監督といった国会の他の権能を補完するものと位置づけます。

国政調査権の目的と役割

国政調査権は、多くの目的と役割を担っています。

行政監督機能→政府の活動が適切に行われているか、国民の利益に合致しているかを監視し、問題があれば是正を求める役割があります。内閣が行政権の行使について国会に対し連帯して責任を負う(憲法66条3項)ことから、行政事項全般に国政調査権が及ぶことは明らかです。

立法補助機能→新しい法律を作成したり、既存の法律を改正したりするための情報収集や事実確認を行う上で不可欠です。

情報提供機能→国政に関する情報を国民に提供し、国民の「知る権利」に奉仕することで、行政府に対する議会の地位向上・復権に寄与します。

争点提起機能→国政上の問題点を明らかにし、政治的争点として国民に提示する役割も担います。

行使方法と強制力

国政調査には、強制力を伴うものと伴わないものがあります。

行使方法法的根拠強制力の有無主な内容罰則(該当する場合)
資料提出要求憲法第62条、国会法第104条内閣、官公署などに対し、必要な報告や記録の提出を求める。不提出に対して罰則の規定あり。
証人喚問憲法第62条、議院証言法国政に関する重要な事柄の当事者や関係者に出頭を命じ、宣誓の上、証言を求める。偽証罪(3月以上10年以下の懲役)。不出頭、宣誓拒否、証言拒否も罰則の対象。
参考人招致国会法、議院規則無(任意)委員会が必要と認めた場合、参考人の出頭を求め、その意見を聴く。偽証罪による処罰なし。
委員の現地派遣国会法、議院規則無(任意)委員を現地に派遣し、実情を調査する。なし

国政調査権は、証人喚問における偽証罪や書類提出義務など、強力な法的強制力を伴う手段が憲法および法律で保障されています。内閣、官公署などに対し、必要な報告や記録の提出を求めることができ、その求めに応じなければならないと規定されています。証人喚問では宣誓が行われ、虚偽の証言は偽証罪として刑罰の対象となり、法定刑は3月以上10年以下の懲役です。正当な理由なく宣誓や証言を拒んだ場合も罰則の対象となります。

証人喚問の実施には全会一致が慣例とされており、与野党間の政治的駆け引きの対象となることが多いです。

国政調査権の行使の限界

国政調査権は強力な権限ですが、無制限に行使できるわけではありません。

限界の対象内容主要事例関連する憲法・法律条文
司法権の独立裁判内容を批判するための調査は許されない。ただし、異なる目的であれば並行調査は可能。浦和事件 (1948年): 参議院法務委員会が判決内容を調査・批判しようとしたが、最高裁が司法権の独立侵害として抗議。学説も最高裁を支持。憲法第76条(司法権の独立)、憲法第62条(国政調査権の限界)
行政権の独立・公務員の守秘義務行政権の独立を侵害する調査は許されない。公務員の職務上の秘密は、監督庁の承認がない限り証言等を拒否できる。造船疑獄事件 (1954年): 内閣が公務員の守秘義務を理由に証言・書類提出を拒否し、内閣声明を発出。憲法第65条(行政権は内閣に属する)、議院証言法第5条第1項、国会法第104条
国民の権利・自由思想、良心、信仰の自由、プライバシーなど、国民の権利・自由を侵害する手段・方法は許されない。刑事手続きの強行手段としての利用も不可。(特定の事例なし)憲法第13条(幸福追求権)、憲法第19条(思想及び良心の自由)、憲法第20条(信教の自由)など

憲法上、司法権の独立が強く保障されているため、裁判内容を批判するための国政調査は許されません。1948年の浦和事件では、参議院法務委員会が、判決内容が軽いとして裁判内容に対する国政調査を行いましたが、最高裁は司法権の独立を侵害するとして抗議しています。学説もおおむね最高裁の立場を支持しました。ただし、現に裁判で係争中の問題であっても、裁判所と異なる目的であれば、議院が独自に並行的に調査することは許されます。

行政権の独立との関係では、行政権の独立を侵害するような調査は許されません。特に公務員の職務上の秘密については、議院証言法第5条第1項により、監督庁が承認しない限り証言等を求めることができません

運用上の課題

日本国憲法は、明治憲法下の議会の限界を克服し、国会を「国権の最高機関」と位置づけ、国政調査権を明文化することで、行政府に対する強力な監督権を付与しました。明治憲法下では、議会の調査権に明文規定がなく、官庁への照会や証人喚問に強制力がなかったため、その範囲は狭いものとされていました。日本国憲法における国政調査権の明文化は、議会中心の民主的構造への転換という考え方が反映されたものです。これは、民主主義の強化という憲法の理念を反映しています。

しかし、戦後の運用においては、行政国家化現象が進む中で、議会の地位が相対的に低下しているという指摘があります。国政調査権は、この状況において議会の地位を復権させるための重要な手段と期待されています。

また、公務員の守秘義務を理由に、資料や記録の提出が拒否され、十分な解明が委員会において行われないことも課題です。政府の統一見解では、守秘義務の開示は政府の裁量に委ねられていると解釈されており、これが与党が国政調査を拒否する要因となることがあります。

衆議院では1954年を最後に国政調査の結果を報告書として作成することが行われておらず、結果の公表義務がないことも問題点として指摘されています。

主要な事例

国政調査権の運用を巡っては、数々の重要な事例が存在します。

浦和事件 (1948年)

司法権の独立と国政調査権の限界を巡る重要な事例です。参議院法務委員会が、裁判官が下した判決内容が軽いとして裁判の内容に対する国政調査を行ったことに対し、最高裁は司法権の独立を侵害するとして抗議しました。学説もおおむね最高裁の立場を支持し、この事件は国政調査権の限界を示す重要な判例となっています。

造船疑獄事件 (1954年)

国政調査権と公務員の守秘義務、内閣声明の法的意味が問われた事例です。この事件では、衆議院が造船業界の汚職事件について調査を進める中で、内閣が公務員の守秘義務を理由に証言や書類提出を拒否し、議院証言法に基づいて内閣声明を出しました。

鈴木宗男事件 (2002年)

衆議院議員鈴木宗男氏を巡る一連の疑惑で、証人喚問が複数回行われ、偽証の疑いが指摘され告発に至った事例です。この事件において国会が果たした役割は非常に大きかったとされますが、同時に政府・与党の「自浄能力」の欠如も指摘されました。鈴木氏の逮捕許諾請求は、国会の追及が核心を突いたものであったことを裏付けたとも評価されています。

山田洋行事件 (2007年)

防衛省(旧防衛庁)を巡る汚職事件で、軍需専門商社「山田洋行」の元専務らが証人喚問を受けた事例です。この証人喚問では、与党が証人のプライバシーを理由にテレビ撮影の中止を要請し、受け入れられなかったため与党側が欠席するなど、政治的対立が顕著でした。

まとめ

国政調査権は、議会制民主主義の根幹をなす制度で、議会の監督機能を保障するために不可欠です。

しかし、その運用においては、多くの課題を抱えています。特に、国政調査権の実効性確保の難しさは、大きな課題と言えます。

出典(2025年6月22日アクセス)

  1. 国政調査権 - Wikipedia
  2. 不逮捕特権 - Wikipedia
  3. 免責特権 - Wikipedia
  4. 証人喚問 - Wikipedia
  5. 参議院 国会の地位と権能:国会の基礎知識:参議院のあらまし
  6. 衆議院  日本国憲法
  7. 参議院 日本国憲法に関する調査報告書
  8. 衆議院 明治憲法と日本国憲法に関する基礎的資料 (明治憲法の制定過程について)
  9. 明治憲法下における帝国議会の発展
  10. 議員の免責特権に関する若干の考察
  11. [憲法]
  12. 参議院 国政調査権に基づく資料要求
  13. 国政調査権の制度と運用
  14. 国立国会図書館調査及び立法考査局
  15. 衆議院 国政調査権と守秘義務等との関係に関する質問主意書
  16. 国政調査権とその限界
  17. 国政調査権と司法権の独立
  18. 一国政調査権の機能と今日的問題点
  19. 国政調査権 https://ygu.repo.nii.ac.jp/record/819/files/KJ00000510438.pdf
  20. 参議院  国政調査:国会の基礎知識:参議院のあらまし
  21. 議会制民主主義と国政調査権
  22. 衆議院 議院の国政調査権と公務員の守秘義務等との関係に関する質問主意書
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  24. 議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律 | e-Gov 法令検索
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