はじめに 行政行為の定義
行政行為とは、行政庁が法に基づいて行う、国民の権利義務に直接影響を与える公権力の行使を指します。
その種類は多岐にわたり、国民に特定の義務を課したり権利を制限したりする「命令的行為」(例:違法建築物の除去命令、営業停止、道路通行禁止)、
国民に新たな権利や法的地位を付与する「形成的行為」(例:鉱業権設定の許可、公務員の任命、帰化の許可)、
特定の事実や法律関係を公的に確認・証明する「準法律行為的行政行為」(例:所得額の更正決定、選挙人名簿への登録)などが挙げられます 。
私人の行為とは異なり、行政行為は公権力の発動として、その内容を強制的に実現し、国民や他の機関を拘束する法的効力があります。
行政行為の主要な諸効力
行政行為には、私法上の行為とは異なる特有の効力が認められています。主なものとして、公定力、不可争力、不可変更力、自力執行力の4つが挙げられます。
公定力
定義と意義
公定力とは、行政行為がたとえ違法であったとしても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効と認めるべき場合を除き、権限のある行政庁や裁判所によって適法に取り消されない限り、有効なものとして扱われる効力を指します。この効力は、違法な行政行為を全て無効としてしまうと、円滑な行政運営が阻害される可能性が高いため、行政の安定性と迅速性を確保する目的で認められています。
法的根拠
公定力の法的根拠については学説上争いがありますが、通説では、行政事件訴訟法が取消訴訟という特定の訴訟手続きを設け、行政行為の効力を争うには原則として取消訴訟によらなければならないとしていること(取消訴訟の排他的管轄)をその根拠と解しています。
限界と例外
公定力は行政行為に関する全ての場合に認められるわけではなく、以下の限界があります。
無効な行政行為と公定力: 行政行為の瑕疵が「重大かつ明白」である場合は、当該行政行為は最初から法的効力を持たない「当然無効」であり、公定力は生じません。この「重大かつ明白」の基準は、判例によって形成され、行政行為の安定性と法治主義の要請との間で重要な調整機能を果たしています。
国家賠償請求訴訟と公定力: 違法な行政行為によって損害を被ったことを理由とする国家賠償請求訴訟においては、公定力は及びません。したがって、国家賠償を請求するにあたって、あらかじめ当該行政行為について取消または無効確認の判決を得る必要はありません。これは、国家賠償請求と行政処分の取消訴訟が別個独立の法的救済手段であるという考え方に基づいています。
刑事訴訟と公定力: 行政処分の違法性を争点とする刑事訴訟においても、公定力は原則として及びません。被告人が処分の違法を前提とする主張をする場合、あらかじめ取消判決を得る必要はありません。
主要判例
最判昭和30.12.26: 「行政処分は、たとえ違法であっても、その違法が重大かつ明白で当該処分を当然無効ならしめるものと認むべき場合を除いては、適法に取り消されない限り完全に効力を有する」と述べ、公定力の定義とその限界を示した行政法における基本判例です。
最判昭和53.6.16(余目町個室付浴場事件): 行政権の著しい濫用による違法な行政処分には公定力が及ばないことを示した判例です。これは、公定力の適用範囲に対する重要な制限を示唆しており、行政権の濫用に対する司法の抑制機能を強調するものです。
具体例
税務署長が、あなたに300万円課税すべきところを誤って320万円課税した通知書を送付した場合でも、その誤りが「重大かつ明白」でない限り、その通知書は有効なものとして扱われます。国民は、この通知書に基づいて一旦納税義務を負いますが、不服申立てや取消訴訟を通じてその違法性を争い、取り消してもらうことが可能です。
「重大かつ明白な瑕疵」という基準は、行政行為の安定性を極めて重視する現れです。これは、些細な瑕疵によって行政行為が容易に無効化されることを防ぎます。
不可争力:形式的確定力
定義と意義
不可争力(形式的確定力)とは、行政行為に瑕疵があったとしても、法律で定められた一定期間(出訴期間)が経過すると、国民は審査請求や取消訴訟を提起して当該行政行為の瑕疵を争うことができなくなる効力です。この効力は、行政行為が多数の国民に影響を及ぼす性質を持つため、長期間にわたってその法的状態が不確定な状況が続くことによる国民生活や社会経済活動の混乱を防ぎ、法的安定性を早期に確保することを目的としています。この効力は、時効のようなものです。
法的根拠
不可争力の法的根拠は、行政事件訴訟法第14条に規定される取消訴訟の出訴期間(原則として処分または裁決があったことを知った日から6ヶ月、または処分等の日から1年)にあります。
限界と例外
無効な行政行為: 瑕疵が「重大かつ明白」で行政行為が無効である場合、不可争力は生じません。無効な行為は最初から法的効力を持たないため、期間の制限なくその無効を主張できます。
違法性の承継: 先行する行政行為(先行処分)に違法性がある場合、その違法性が後続の行政行為(後続処分)に引き継がれ、後続処分の取消訴訟において先行処分の違法性を争うことができるとされる場合があります。これは、先行処分に対する出訴期間が経過し、不可争力が発生していても、例外的に先行処分の違法性を争うことを可能にするものです。
行政庁による職権取消: 不可争力は国民側の争訟権を制限するものであり、行政庁が自らの判断で瑕疵ある行政行為を職権で取り消すこと(職権取消)は可能です。行政庁は、適法性の回復や合目的性の回復のために、明文の根拠がなくとも職権取消を行えます。
具体例
建築確認処分が違法であったとしても、建築主がその処分を知ってから6ヶ月以内に取消訴訟を提起しなければ、原則としてその違法性を裁判で争うことはできなくなります。この期間が過ぎると、たとえ違法な建築確認であったとしても、建築主はそれを理由に建築行為自体を争うことが困難になります。
不可変更力:実質的確定力
定義と意義
不可変更力(実質的確定力)とは、行政行為の中でも特に紛争裁断的行為(例:審査請求に対する裁決)について、一度判断を下した以上は、もはや行政庁自身もその判断を取り消したり変更したりすることができないとする効力です。これは、紛争の蒸し返しを防ぎ、行政による紛争解決の最終性を確保することを目的としています。完成した契約書を後から書き直せないイメージに例えられます。
適用範囲
不可変更力は、行政行為一般に認められるものではなく、その性質上、準司法的手続を経て行われる「争訟裁断行為」に限定して認められると解されています。これは、これらの行為が裁判所の判決に類似する性質を持つためであり、その判断に一定の権威と安定性を付与する必要があるからです。
法的根拠と学説上の論点
不可変更力を行政行為に認める実定法上の明文の根拠は存在しません。しかし、最高裁は訴願法下の事案において、審査請求の裁決に不可変更力を認めています(最判昭和29年1月21日)。
学説は一般的に行政不服審査法上の裁決について不可変更力を認めます。(ただし、その範囲や理由付けについては見解が一致していません。)
主要判例の解説
最判昭和29.1.21: 審査請求に対する裁決について「実質的に見ればその本質は法律上の訴訟を裁判するもの」と述べ、裁決庁が自ら取り消すことはできないとして不可変更力を認めました。この判例は、行政による紛争解決の最終性を確保する上で重要な意義を持ちます。
具体例
国民が税務署長の処分に対して審査請求を行い、その請求が棄却された場合、原則として税務署長はその棄却裁決を自らの判断で取り消したり変更したりすることはできません。この場合、国民は裁判所に取消訴訟を提起して争うことになります。
不可変更力が「実質的確定力」と呼ばれるのは、それが行政庁自身の判断を拘束し、事実上の紛争解決を最終的なものとする性質を持つためです。形式的確定力は、時間経過による手続き上の終結を意味し、行政の迅速性と安定性を確保します。一方、実質的確定力は、特定の行政行為(特に準司法的なもの)の内容そのものが、行政庁によっても変更されないという、より強い最終性を意味します。
自力執行力
定義と意義
自力執行力とは、行政行為により国民に命じられた義務が履行されない場合に、法律に基づき、行政庁が自らの判断で強制的にその義務の履行を実現できる効力です。これは、行政目的を迅速かつ確実に実現するために認められています。私法上の関係と異なり、裁判所の判決を待つことなく強制執行できる点が特徴です。この効力は、約束を守らない相手に対して、契約書を持って強制的に行動させる弁護士のようなイメージです。
法的根拠
自力執行力は、国民の権利義務に重大な影響を与える強力な権能であるため、必ず法律の根拠がある場合にのみ認められます。また、この効力は、下命や禁止のように国民に義務を課す行政行為にのみ認められます。行政代執行法などが具体的な根拠法となります。
濫用防止の仕組み
自力執行力は非常に強力な権限であり、行政権の濫用のおそれがあるため、その行使には厳格な法律の根拠が必要とされます。
具体例
税金の未納に対する財産差押え(滞納処分)。納税義務者が税金を支払わない場合、税務署は法的手続きに基づいて未納者の財産を差し押さえることができます。
不法占有地の明け渡しや違法建築物の強制撤去(行政代執行)。国や自治体が公共事業のために土地を必要とする場合、不法占有者に対して明け渡しを命じ、その命令を実現するために強制的に撤去を行うことがあります。
交通量が多いために駐車禁止の場所に停めている車をレッカー移動させる(即時強制の一種)。
自力執行力は、行政行為が単なる「お触れ」に終わらず、実効性を持つための不可欠な効力ですが、その強力さゆえに「法律の根拠」を厳格に要求されます。
行政行為の主要な諸効力比較表
効力名 | 定義 | 目的/意義 | 法的根拠(主なもの) | 限界/例外 | 具体例 |
公定力 | 違法でも重大明白な瑕疵がない限り、権限ある機関が取り消すまで有効な効力 | 円滑な行政運営、国民生活の混乱防止、法的安定性の確保 | 行政事件訴訟法における取消訴訟の排他的管轄(通説) | 重大かつ明白な瑕疵がある場合は無効、国家賠償請求訴訟・刑事訴訟には及ばない | 過大課税通知書が有効に扱われる |
不可争力 | 一定期間経過後、国民が審査請求や取消訴訟で瑕疵を争えなくなる効力(形式的確定力) | 法的安定性の早期確保、国民生活の混乱防止 | 行政事件訴訟法第14条(出訴期間) | 無効な行政行為には生じない、違法性の承継、行政庁による職権取消は可能、行政事件訴訟法改正による緩和 | 違法な建築確認処分を知ってから6ヶ月経過後の争訟不可 |
不可変更力 | 紛争裁断的行為(裁決等)について、行政庁自身も取り消し・変更できない効力(実質的確定力) | 紛争の蒸し返し防止、行政による紛争解決の最終性確保 | 実定法上の明文規定なし(判例・学説により認められる) | 行政行為一般には認められない、認容裁決に重大な瑕疵がある場合の職権取消の余地(学説) | 審査請求棄却裁決後、行政庁が自らの判断で変更できない |
自力執行力 | 国民が義務を履行しない場合、法律に基づき行政庁が強制的に履行を実現できる効力 | 行政目的の迅速かつ確実な実現 | 個別法(例:行政代執行法)、法律の根拠が必須 | 法律の根拠がない場合は行使不可、国民に義務を課す行為に限定 | 税金滞納に対する財産差押え、違法建築物の強制撤去 |
まとめ
行政行為の主要な諸効力は、それぞれが独立して存在するだけでなく、相互に連携します。公定力は、行政行為の暫定的な有効性を確保することで、行政運営の混乱を防ぎ、迅速な行政実現の基礎を提供します。これにより、行政は個々の行為の有効性を常に争われることなく、その職務を遂行できます。
この公定力によって有効とされた行政行為に対し、不可争力は一定期間経過後の国民からの争いを制限することで、法的安定性を早期に確立します。これは、行政行為によって形成された法的関係を早期に確定させ、社会経済活動の予測可能性を高めることに寄与します。不可争力は、手続き的な側面からの確定を意味します。
一方、不可変更力は、特に紛争裁断的な行政行為の最終性を担保することで、行政による紛争解決の権威と信頼性を高めます。これにより、行政内部での判断が不必要に覆されることを防ぎ、行政の判断に重みを与えます。不可変更力は、より実質的な側面からの確定を意味し、行政が自ら行った紛争解決の判断に、裁判所の判決に準じる重みを持たせることを目的としています。
そして、これらの効力によって有効かつ確定した行政行為の内容を、最終的に実効化するのが自力執行力です。
これにより、行政は国民が義務を履行しない場合でも、自らの権限で目的を達成することが可能となります。
出典(2025年6月17日アクセス)
- 公定力 | Wikipedia
- 不可変更力 | Wikipedia
- 行政行為 | Wikipedia
- 1 第1部 行政法総論 - 加藤ゼミナール
- 辰已法律研究所 行政法
- (b) 拘束力(塩野・Ⅰ139~143 頁にいう規律力) 実定法は、裁判所や不服審査庁が「処分」の瑕疵を
- 05 甲 号証_鑑定意見書(専修大学法学部教授 山田健吾) - 沖縄県, https://www.pref.okinawa.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/027/449/20221201-2-3.pdf
- 行政行為の効力
- 国家賠償法1条(3)、賠償責任をめぐる諸問題
- 新潟大学 法学部 1、行政処分の実体的効力と規律力
- 新潟大学 法学部 2、行政処分の成立と効力発生
- 違法性の承継のメカニズムに関する一考察
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- 行政処分の法効果とは何を指すのか 神戸大学