行政不服審査制度の概要
行政不服審査法(平成26年法律第68号)は、国民が行政庁の違法または不当な処分に対し、簡易迅速かつ公正な手続きの下で広く不服申立てをすることができる制度です。その最大の目的は「国民の権利利益を守る」ことにあります。この制度は、行政機関の行為に対する国民の救済手段として、司法審査(行政事件訴訟)とは異なる行政内部での審査を可能にするものです。
不服申立ての種類としては、行政不服審査法に基づく原則的な手続きである「審査請求」が存在します。しかし、処分についての不服申立てに関しては、例外的に、個別法に特別の定めがある場合に限り、審査請求の前に処分庁に対して行う「再調査の請求」や、審査請求の後にさらに別の行政庁に対して行う「再審査請求」を行うことができます。
審査請求の解説
定義と法的根拠
審査請求は、行政不服審査法の中心的な手続きであり、国民が行政機関に対して、行われた行政処分の適否を見直すよう求める申し立てです。その法的根拠は、行政不服審査法そのものに置かれています。審査請求の対象は、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為(処分)および不作為です。
行政不服審査制度における「審査請求」は、法に基づく不服申立ての原則的な手段として位置づけられています。この「原則」としての地位は、他の特定の不服申立て制度(例えば再調査の請求)が法律で規定されていない場合、国民が行政行為に不服がある際に、まず利用すべき主要な手段が審査請求であることを意味します。
対象となる処分と対象外の行為
審査請求の対象は、行政庁の処分その他公権力の行使にあたる行為(処分)および不作為です。不作為とは、法令に基づき行政庁に対して処分の申請をして、相当の期間が経過したにもかかわらず行政庁が何らの処分をしていない状態を指します。
一方で、審査請求の対象外となる行為も明確に定められています。これには、国会や検査官会議の行為、当事者訴訟、刑事事件に関する処分が含まれます。また、行政が「固有の資格」で受ける処分や不作為(国民が審査請求をすることがない処分や不作為)も対象外です。さらに、税金・金融関連の通告処分、学校における児童の出席停止命令、刑務所における受刑者に対する刑罰の執行など、特定の分野の処分も除外されます。地方公共団体の議会の議決による処分や、告示、行政指導、勧告、警告、補助金要綱に基づく補助金交付等も対象外です。学校等において教育等の目的を達成するための幼児、児童、生徒、若しくはこれらの保護者に対する処分、裁判所の行為、そして制度に対する不満、制度の改廃、職員の対応への苦情など、処分や不作為に該当しないものも不服申立ての対象外とされています。
これらの審査請求の対象外とされる行為の具体的な規定は、行政法における基本的な原則す。例えば、国会や検査官会議に関する除外は、三権分立の原則に基づいています。これらの機関は行政権の管轄外であり、行政不服審査法の対象とはなりません。同様に、裁判所の行為や刑事事件に関する処分は司法権の領域に属します。また、「行政が固有の資格で受ける処分」が除外されるのは、行政不服審査法の目的が「国民の権利利益を守る」ことにあり、行政機関間の内部紛争を解決することではないためです。さらに、「行政指導」や「勧告」などが対象外とされるのは、これらが通常、法的拘束力を持たず、直接的に国民の権利を侵害する「処分」に該当しないためです。
請求期間と提出先(審査庁)
審査請求の請求期間は厳格に定められています。原則として、処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヶ月以内に行う必要があります。また、処分があったことを知らなかった場合でも、処分があった日の翌日から起算して1年を経過すると審査請求はできません。ただし、いずれの期間も、正当な理由がある場合には、期間経過後も例外的に審査請求が認められます。
この請求期間の厳格性は、行政行為の法的安定性を確保し、行政紛争の迅速な解決を促すことを目的としています。しかし、同時に「正当な理由」がある場合には期間経過後も請求が認められるという例外規定が設けられています。
審査請求の提出先は、原則として処分を行った行政庁より上位の審査庁(上級庁)です。個別の法律に特別の定めがある場合を除き、処分庁の最上級行政庁(例:大臣、都道府県知事、市町村長等)が審査請求先となります。
請求書の記載事項と提出方法
審査請求書には、行政不服審査法第19条で定められた以下の事項を記載する必要があります。
- 審査請求人の氏名または名称および住所または居所
- 審査請求に係る処分の内容
- 審査請求に係る処分があったことを知った年月日(当該処分について再調査の請求についての決定を経たときは、当該決定があったことを知った年月日)
- 審査請求の趣旨および理由
- 処分庁の教示の有無およびその内容
- 審査請求の年月日
- 不作為についての審査請求の場合は、申請の内容および年月日
- 代理人による場合は、代理人の氏名および住所
- 共同審査請求の場合は、総代の氏名および住所
提出方法は、原則として書面(審査請求書)を提出します。郵送または持参により審査庁に提出し、ファクスやメールによる提出はできません。口頭による審査請求も可能ですが、処分庁が教示を行った場合に限られ、その場合は行政庁が陳述内容を録取します。
審理プロセス
審査請求の審理は、処分に関与していない審査庁の職員である「審理員」によって行われます。審理員は、審査請求人に対し、書面または口頭で意見を述べる機会を与えます。審理が終結すると、審理員は審査庁に対し裁決についての意見を提出します。
審査請求人または参加人の申立てがあった場合、審理員は口頭で意見を述べる機会を与えなければなりません。口頭意見陳述は、審理員が期日と場所を指定し、全ての審理関係人を招集して行われます。申立人は審理員の許可を得て補佐人とともに、また処分庁等に対して質問を発することができます。
さらに、審査庁は、審理員の意見を踏まえて裁決の考え方などをまとめ、第三者機関(例:名古屋市行政不服審査会)に諮問します。第三者機関は、審査庁の裁決の考え方などをチェックし、審査庁に対して答申を行います。この諮問は、裁決の公正性と透明性を確保するための重要なステップです。
裁決とその法的効果
審査庁は、第三者機関の答申を踏まえて審査請求の裁決を行います。裁決後、審査請求人に裁決書が交付されます。裁決は、審査請求に対する最終的な行政庁の判断であり、その内容に応じて処分が維持されるか、取り消されるか、変更されるかが決定されます。
審査庁による「裁決」は、行政内部における最終的な判断です
再調査の請求の解説
定義と法的根拠(個別法の定め)
再調査の請求は、審査請求の前に処分を行った行政機関が改めて内容を再検討する手続きです。処分庁以外の行政庁に審査請求ができる場合において、法律に再調査の請求をすることができる旨の定めがあるときに、当該処分に不服がある者は、処分庁に対して再調査の請求をすることができます。再調査の請求が可能な場合は個別の法律で定められており、条例で定めることはできません。具体例として、国税通則法や関税法で再調査の請求が認められています。
「再調査の請求」は、「法律に再調査の請求をすることができる旨の定めがある」場合に限定されるという点が、「審査請求」の一般的な適用可能性とは大きく異なります。この「個別法の定め」という要件は、再調査の請求が普遍的な選択肢ではなく、特定の専門分野に特化した制度である。例えば、国税通則法や関税法といった具体例は、高度な専門知識を要する分野です。原処分庁が再検討を行うことで、その分野の専門知識が最大限に活用され、より迅速かつ的確な解決が期待できる可能性があり。
対象となる処分と対象外の行為(不作為など)
再調査の請求ができるのは「処分」のみであり、「不作為」について再調査の請求はできません。この点は、「審査請求」が処分と不作為の両方を対象とするのと重要な相違点です。
「再調査の請求」が「処分」に限定され、「不作為」が対象外とされているのは、その制度が原処分庁が既に行った「行為」の適否を再検討することを主眼としているためです。行政庁が何もしなかった「不作為」を「再調査」するという概念は、その性質上困難です。
請求期間と提出先(処分庁)
再調査の請求の期間は、処分があったことを知った日の翌日から起算して3ヶ月以内に行う必要があります。これは審査請求と同じ期間です。提出先は、処分を行った行政庁(処分庁)に対して行います。
「再調査の請求」の最も顕著な特徴は、その提出先が「処分庁」(原処分を行った行政庁)であるという点です。これは「審査請求」が原則として「上級庁」に提出される のと対照的です。
審理プロセスと決定
再調査の請求における審理プロセスには、審査請求の規定が準用される条文があります。具体的には、口頭意見陳述(行政不服審査法第31条)の規定が再調査の請求に準用されるため、請求人または参加人の申立てがあれば、原則として口頭で意見を述べる機会が与えられます。再調査の請求に対する判断は「決定」と呼ばれます。
審査請求と再調査の請求の比較
主要な相違点
審査請求と再調査の請求は、行政不服審査制度における重要な二つの手続きですが、その性質、目的、手続きにおいて明確な違いがあります。
以下が主要な相違点す。
項目 | 審査請求 | 再調査の請求 |
法的根拠 | 行政不服審査法 | 個別法に定めがある場合のみ |
提出先 | 原則として上級庁 | 処分庁 |
審理主体 | 原則として審理員が審理、審査庁が裁決 | 処分庁が再検討 |
適用範囲 | より幅広い場合に適用される原則的な不服申立て | 法律で明示されている場合にのみ利用可能 |
対象 | 処分、不作為 | 処分のみ |
期間 | 知った日の翌日から3ヶ月、処分があった日の翌日から1年 | 知った日の翌日から3ヶ月 |
最終判断 | 裁決 | 決定 |
自由選択主義の原則と例外
不服申立人は、「審査請求」と「再調査の請求」のどちらをするかを選べる「自由選択主義」が原則です。しかし、両方を同時に行うことはできません。審査請求をしたら再調査はできなくなり、再調査をしたら審査請求はできなくなります。
再調査の請求後の審査請求の条件と例外
再調査の請求をした場合、原則として、当該再調査の請求についての「決定」を経た後でなければ、審査請求をすることができません。しかし、このルールには二つの重要な例外が設けられています。一つは、再調査の請求をしてから3ヶ月経っても決定が出ないとき。もう一つは、その他、再調査の請求についての決定を経ないことについて正当な理由がある場合です。
再審査請求との位置づけ
再審査請求は、行政庁の処分につき法律に定めがある場合に、当該処分についての審査請求の裁決に不服がある者が行うことができるものです。再審査請求は、審査請求の裁決(原裁決)または審査請求をするきっかけになった処分(処分)を対象とすることができます。再調査の請求 → 審査請求 → 再審査請求という階層的な位置づけがあります。
具体的な適用事例
再調査の請求が認められている具体的な例としては、国税通則法や関税法が挙げられます。法人税の更正処分と源泉所得税の納税告知処分のように、関連する複数の処分に対して、それぞれ異なる不服申立て(審査請求と再調査の請求)を行う事例も存在します。
まとめ
行政不服審査法は、国民の権利利益を保護するための重要な制度であり、その中核をなすのが「審査請求」と「再調査の請求」です。両者は目的、提出先、審理主体、適用範囲において明確な違いがありますが、それぞれが行政の適正化と国民の権利救済に貢献します。
「審査請求」は、原則的な不服申立て手段として、幅広い行政処分や不作為を対象とし、独立した審理員や第三者機関による公正な審査を通じて、行政の自己是正を促します。その裁決は法的拘束力を持ち、行政の透明性と説明責任を強化します。
一方、「再調査の請求」は、特定の個別法に定めがある場合にのみ認められる限定的な制度です。
出典(2025年6月13日アクセス)
- 行政不服審査法 | e-Gov 法令検索
- 行政不服審査法| Wikipedia
- 政府広報オンライン | より公正に、より使いやすくなりました。「行政不服審査制度」をご利用ください
- 新・行政不服審査法の 逐条解説 (全条文の解説)
- 行政不服審査制度 | 石川県
- 8-3-02 行政不服申立て・行政事件訴訟法 - 鹿児島県 地域医療情報データベース せごどん
- 行政不服審査制度 - 高崎市公式ホームページ
- 衆議院,行政不服審査法
- 審査請求を行いたいとき/葉山町
- 総務省,行政不服審査法Q&A
- 行政不服審査制度の説明|広島市公式ウェブサイト
- 雲南市, 行政不服審査制度
- 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律第十九条第九号の規定により提供することができる利用特定個人情報の範囲の限定に関する規則 | e-Gov 法令検索
- H5-1 税務署長又は国税局長が行った更正や決定、滞納処分などに不服があるときの再調査の請求手続|国税庁
- 国税不服審判所, 再調査の請求との関係 | 不服申立制度等