サラリーマンにとって、税金は生活に密接に関わる重要な問題ですが、税金の仕組みは複雑で、時には税務署の判断に納得がいかない場合もあるかもしれません。そのような時に、法的措置として考えられるのが「税金訴訟」です。
租税法の分野では、所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、
「その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法14条1項に違反するものではない」とされています 。
本稿では、日本の判例を基に、サラリーマンが起こした税金訴訟について解説していきます。
過去の判例をご紹介するので、サラリーマンの税金に関する訴訟で争われた主な論点、判決内容などを見ていきましょう。
税金訴訟とは?
税金訴訟とは、税務署の課税処分に対して、納税者が不服を申し立て、裁判所に判断を求める訴訟のことです。
サラリーマンが起こす税金訴訟には、以下のようなものがあります。
訴訟の種類 | 説明 |
---|---|
給与所得控除 | 給与所得から一定額を控除する制度ですが、その金額や算出方法に異議がある場合 |
必要経費の範囲 | 仕事に必要な経費を給与所得から控除できる範囲について、税務署と見解が異なる場合 |
医療費控除 | 医療費の負担を軽減するための控除ですが、対象となる医療費の範囲について争いがある場合 |
住宅ローン控除 | 住宅ローンの利息の支払額に応じて所得税が控除される制度ですが、適用条件を満たしているか否かで争いがある場合 |
通勤費 | 通勤にかかる費用を経費として認められる範囲について争いがある場合 |
接待交際費 | 仕事上の接待や交際にかかった費用を経費として認められる範囲について争いがある場合 |
過去の裁判例に見る争点
必要経費控除に関する裁判例
必要経費とは、収入を得るために直接必要な費用のことです。
サラリーマンの場合、給与所得を得るために必要な費用を経費として計上できるかが争点となるケースがあります。
所得税法上、必要経費として認められるためには、「直接要した費用」であること、そして「業務について生じた費用」であることが求められます。
さらに、これらの費用が家事費の性質を有するものではないこと、つまり、私生活の維持のために必要な費用ではないことも必要です。
スーツ代に関する裁判例
過去の裁判例では、スーツ代が争点となったケースがあります。
スーツは、一般的に仕事だけでなく、プライベートでも着用できるものであるため、必要経費として認められるためには、仕事のために必要とした部分を、他の部分と明らかに区分できることが条件となります。
例えば、職種や職務内容によっては、スーツの着用が必須となる場合があり、そのような場合には、経費として認められやすいと考えられます。
通勤費に関する裁判例
通勤費についても、必要経費として認められる範囲が争点となったことがあり、最高裁判所の判例では、通勤定期券またはその購入代金の支給は、所得税法上の給与であると判断されています。
しかし、地方公務員の場合、地方公務員法に基づいて通勤手当が支給されることになっており、その支給額は、職員が通勤に使用する交通の用具や通勤距離などによって定められています。
その他の必要経費に関する裁判例
必要経費の算入をめぐる裁判例では、「直接性」の解釈が重要な要素となります。
例えば、歯科医師が確定申告において診療経費の計算を誤った場合、修正申告において実額経費を計上することが認められるかが争点となったケースがあります。
この裁判例では、確定申告における必要経費の計算の誤りを是正するため、実額経費を計上することが許されると判断されました。
また、業務関連費における「直接性」については、様々な議論があります。
ある高裁判決では、「業務関連性」の要件に「直接性」は不要であり、支出が業務の遂行上必要であれば、一般対応の必要経費として控除が認められると判示されました。
しかし、この判決に対しては、所得税法が所得分類制度を採っていることから、必要経費を認める要件として直接の関連が必要だとする批判的な見解も存在します。
給与所得控除に関する裁判例
給与所得控除は、サラリーマンの税負担を軽減するための制度ですが、その金額や算出方法が争点となることがあります。
過去の裁判例 では、給与所得控除は、必要経費の控除に加えて、勤労に伴う負担などを考慮した制度であるとされています。そのため、事業所得者に対しては実額控除を認めているのに対して、給与所得者に対しては概算控除しか認めていないという区別をしても、不合理とはいえないと判断されました。 これは、給与所得控除の額が給与所得に係る必要経費の額との対比において相当性を有すると判断されたためです 。
接待交際費に関する裁判例
接待交際費は、仕事上の接待や交際にかかった費用を経費として認められる範囲について争いがある場合があります。
法人税においては、従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用は、交際費等の範囲から除外されるとされています 。しかし、神戸地裁平成4年11月25日の判決では、旅行費用等を交際費等の範囲から除外する旨規定しているものの、その要件や範囲については、個別の事案ごとに判断される必要があるとされています 。
また、接待交際費を水増しして税金を少なくする意図で、実際にはゴルフをしていない者を接待相手先として記載していたケースでは、家事費に当たるとされ、接待交際費該当性を否認し、更正処分がなされています 。
税務署の判断の公平性に関する裁判例
税務署の判断の公平性が争点となった裁判例もあります。ある裁判例 では、捕捉率に格差があり、租税特別措置に不公平が存在することを裁判所が認めながらも、原告が法的不利益を受けていないと判断しました。しかし、補足意見では、捕捉率の格差や租税特別措置の不公平によって原告が法的不利益を受けていることは明白であり、このような不平等を裁判によって是正する法的手段を国民は持ち得ないことになるという指摘がなされています 。
税法改正と判例の変遷
税法は、社会経済状況の変化や税制の公平性などを考慮して、頻繁に改正されています。 [要出典] サラリーマン税金訴訟においても、税法改正が判決に影響を与えることがあります。
例えば、特定支出控除 は、給与所得者が一定の要件を満たす場合に、必要経費を実額で控除できる制度です。この制度は、過去の判例で必要経費の実額控除が認められなかったことを受けて、税法改正によって導入されました。 特定支出控除の導入は、サラリーマンの税負担の公平性を向上させるための重要な改正と言えるでしょう。
また、接待交際費に関する規定も、時代とともに変化しています。従来は、交際費等の額は損金不算入とされていましたが、近年では、一定の要件を満たす場合には、損金算入が認められるようになっています。 これは、企業活動の活性化を図るための税制改正の一環と言えるでしょう。
サラリーマン税金訴訟の傾向と争点の類型
近年のサラリーマン税金訴訟では、以下のような傾向が見られます。
- テレワークの普及に伴い、自宅を仕事場として使用する場合の経費計上に関する争いが増加
- 副業の増加に伴い、副業による所得の申告や経費計上に関する争いが増加
- 仮想通貨取引など、新たな金融商品に関する税務上の取り扱いに関する争いが増加
これらの傾向を踏まえ、今後予想される争点としては、以下のようなものが挙げられます。
- テレワークに伴う光熱費や通信費などの経費計上の可否
- 副業の種類や規模に応じた経費計上の範囲
- 仮想通貨取引における所得の計算方法や税率
参考文献・関連ウェブサイト
- 最高裁判所 判例集
- 国税不服審判所 公表裁決事例
- TKCローライブラリー 税法話題の判例紹介
- 国税庁 タックスアンサー [www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/index.htm]