1. 事情判決とは
行政事件訴訟法第31条1項に規定されている事情判決とは、裁判所が行政庁の処分や裁決の違法性を認めたとしても、それを取り消すことで公共の福祉に著しい損害が生じるおそれがある場合に、原告の請求を棄却する判決のことです。 つまり、違法な行政行為であっても、それを取り消すことによる弊害が大きすぎる場合に、例外的にその効力を認める制度といえます。 これは、行政事件訴訟法(昭和37年法律第139号)第2条で定義される抗告訴訟、民衆訴訟、機関訴訟に適用される一方、義務付けの訴えや差止めの訴えには適用されません。
事情判決は、行政処分の適法性を厳格に審査しつつも、社会全体の利益や個人の権利利益とのバランスを図るための制度といえます。 法の支配を維持することと、公共の福祉を保護することの間には、しばしば緊張関係が生じます。事情判決は、この緊張関係を調整し、個別の事件において最も適切な解決を図るための制度と言えるでしょう。
裁判所ウェブサイトといった主要な法律データベースを用いた判例調査から、事情判決の法的利益として、違法な処分が是正されない可能性がある一方で、公共の福祉への損害を回避できる点が挙げられます。
2. 事情判決の要件
事情判決が認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
- 処分の違法性: まず、裁判所が審査の対象とする行政庁の処分に違法性があることが前提となります。
- 取消しによる著しい損害: 当該処分を取り消すことによって、公共の福祉に著しい損害が生じるおそれがあること。
- 公共の福祉への適合性: 諸般の事情を考慮し、処分を取り消さないことが公共の福祉に適合すると認められること。
これらの要件は、裁判所が個々の事件の具体的な事情に応じて判断します。
3. 事情判決の歴史
事情判決制度は、明治憲法下における1890年の行政裁判法制定時には存在していませんでした。 しかし、その必要性は早くから認識されており、1932年の行政裁判法及び訴願法改正委員会の答申における行政訴訟法案174条には、事情判決の規定が盛り込まれていました。
その後、戦後、通常司法裁判所においても行政裁判は民事裁判とは異なるという認識が広まり、1948年に行政事件訴訟特例法が制定されると、事情判決制度は同法11条に採用されました。 そして、現在の行政事件訴訟法においても、第31条1項に事情判決の規定が設けられています。
4. 事情判決の具体例
4.1. 最大判昭51.4.14
この判例は、衆議院議員選挙の違法性を争った事件です。 選挙の手続きに違法があったことが認められましたが、最高裁判所は選挙の無効確認請求を棄却し、事情判決を下しました。
その理由は、選挙を無効にすることで、憲法の趣旨に沿った状態になることが保証されないばかりか、かえって好ましくない事態を招く可能性があるからとされています。 この判例は、事情判決の法理を明確化し、その後の行政事件訴訟における重要な判断基準となっています。
4.2. 大阪高等裁判所 平成2年6月28日判決
この判例(事件番号2-21(口))は、土地改良事業の施行決定の取消しを求める抗告訴訟です。 判決は、行政事件訴訟法9条にいう法律上の利益の有無の判断に当たっては、同法31条のいわゆる事情判決の可能性の有無を斟酌すべきでないとしました。
5. 事情判決の類似制度
事情判決と類似する制度として、行政不服審査法には「事情裁決」が存在します。 事情裁決とは、違法又は不当な処分を取り消すことによって、公共の利益を害すると考えられる場合、審査庁は、審査請求又は再審査請求を棄却することができるというものです。 この場合、裁決の主文で処分が違法又は不当であることを宣言しなければなりません。 事情判決との違いは、事情裁決では不当な処分も対象となる点です。 また、事情判決と同様に、義務付けの訴えや差止めの訴えには適用されません。
6. 行政裁量の審理における問題点
行政裁量の審理においては、「処分の違法性」の有無がどのように判断されるのか、必ずしも明確ではありません。 特に、弁論主義および証明責任の適用対象となる主要事実が何であるのかについて、十分な議論がなされてきませんでした。 この点が、訴訟法理論との建設的な対話を阻害する要因の一つとなっている可能性があります。
7. 事情判決の動向
7.1. 過去の判例における事情判決
過去の判例をみると、事情判決は、道路建設や土地収用など、公共事業に関する訴訟で多く見られます。 近年では、環境問題や都市計画に関する訴訟においても、事情判決が下されるケースが増加しているとの指摘があります。
7.2. 最新の判例における事情判決
最新の判例をみると、裁判所は、事情判決の適用に慎重な姿勢を示している傾向があります。 特に、個人の権利利益を重視し、公共の福祉とのバランスを慎重に検討した上で、事情判決の適用を判断していると考えられます。 大阪高等裁判所 平成2年6月28日判決は、この傾向を示すものと言えるでしょう。
8. 主要なポイント
項目 | 内容 |
---|---|
事情判決の定義 | 行政庁の処分や裁決は違法であるものの、これを取り消すと公共の利益に著しい損害が生じるおそれがある場合に、裁判所が原告の請求を棄却する判決のこと |
事情判決の要件 | 処分の違法性、取消しによる著しい損害、公共の福祉への適合性 |
事情判決の具体例 | 最大判昭51.4.14(衆議院議員選挙の違法性を争った事件) |
大阪高等裁判所 平成2年6月28日判決 | 行政事件訴訟法9条にいう法律上の利益の有無の判断に当たっては、同法31条のいわゆる事情判決の可能性の有無を斟酌すべきでない |
9. 結論
事情判決は、行政行為の違法性を是正すると同時に、公共の福祉との調和を図るための重要な制度です。1.で述べたように、裁判所は、個々の事件の具体的な事情を考慮し、厳格な基準に基づいて事情判決の適用を判断しています。 社会情勢の変化や新たな法的課題に対応しながら、事情判決の法理は今後も発展していくと考えられます。 ソースと関連コンテンツ