刑法解説 解説

【刑事司法の闇】袴田事件について解説

冤罪の可能性と司法の闇を問う「袴田事件」~未だ終わらない闘い~

日本犯罪史の中でも、最も有名な冤罪事件の一つとされる「袴田事件」。

元プロボクサー袴田巖(はかまだ いわお)さんが、1966年に静岡県清水市(現:静岡市清水区)で発生した一家4人殺害事件の犯人として逮捕され、死刑判決を受けた事件です。

半世紀以上経った今なお、この事件は、日本の刑事司法制度における問題点を浮き彫りにし、多くの議論を呼んでいます。

本記事では、袴田事件の概要、争点について、分かりやすく解説します。

事件の概要

①1966年、静岡県清水市で起きた悲劇

1966年6月30日未明、静岡県清水市(現:静岡市清水区)にある味噌製造会社の専務宅で、専務とその妻、次女、長男の4人が殺害され、家に火が放たれるという凄惨な事件が発生しました。

事件から約2か月後の8月18日、警察は元プロボクサーであり、味噌製造会社の従業員であった袴田巖さんを、強盗殺人、放火などの容疑で逮捕しました。

2. 逮捕、そして死刑判決:自白と物証

逮捕当初、袴田さんは一貫して無実を主張していました。しかし、連日の厳しい取り調べの中で、犯行を自白してしまいます。

裁判では、この**「自白」と、事件から1年以上経過した後に味噌製造会社の工場内の味噌タンクから発見された「5点の衣類」**が、袴田さんを有罪とする重要な証拠となりました。

1968年9月、静岡地裁は袴田さんに死刑判決を下し、1980年11月に最高裁で死刑が確定しました。

3. 長きにわたる再審請求:揺らぐ証拠、そして釈放へ

死刑判決後も、袴田さんと弁護団は無実を訴え続け、再審請求(裁判のやり直しを求める申し立て)を行いました。

  • 第一回目の再審請求(1981年 - 2008年): 棄却
  • 第二回目の再審請求(2008年 - 現在):

この過程で、弁護団は新たな証拠を提出し、自白の信用性や「5点の衣類」の証拠能力に疑問を投げかけました。特に注目されたのは、以下の点です。

  • 過酷な取り調べによる虚偽自白の可能性: 連日長時間にわたる過酷な取り調べにより、袴田さんが虚偽の自白を強要された可能性が指摘されました。
  • 「5点の衣類」の不自然さ: 事件から1年以上経って発見されたこと、サイズが袴田さんに合わないこと、血痕の色調が不自然であることなど、多くの疑問点が指摘されました。
  • DNA型鑑定: 近年のDNA型鑑定技術により、「5点の衣類」に付着した血痕が、袴田さんや被害者4人のDNA型と一致しないという鑑定結果が出されました。

これらの新証拠を受け、2014年3月、静岡地裁は再審開始を決定。同時に、死刑の執行と拘置を停止し、袴田さんは48年ぶりに釈放されました。

4. 揺れ動く司法判断:高裁の判断、そして最高裁へ

しかし、これで事件は終わりませんでした。

  • 2018年6月: 東京高裁は静岡地裁の再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却。この判断は、DNA型鑑定の信用性を否定するもので、大きな批判を浴びました。
  • 2020年12月: 最高裁は東京高裁の決定を「審理不尽」として取り消し、審理を東京高裁に差し戻しました。
  • 2023年3月: 東京高裁は改めて再審開始を決定。検察官による特別抗告を最高裁が棄却したため、再審開始が確定。
  • 2023年10月: 静岡地裁で再審公判開始。

5. 現在の状況と争点:真実はどこに?

2023年10月から、静岡地裁で再審公判が開始されています。最大の争点は、やはり**「5点の衣類」**です。

  • 弁護団: 「5点の衣類」は、捜査機関によって捏造された証拠であると主張。最新の科学的鑑定結果などを根拠に、衣類に付着した血痕や味噌の色調変化などに疑問を呈しています。
  • 検察側: 「5点の衣類」は、袴田さんが犯行時に着用していたものであり、犯人である証拠に変わりはないと主張。

再審公判は2024年5月に結審する予定です。

6. 袴田事件が問いかけるもの:日本の刑事司法の問題点

袴田事件は、単なる一殺人事件の枠を超え、日本の刑事司法制度に潜む多くの問題点を浮き彫りにしました。

  • 自白偏重の捜査: 自白を重視するあまり、客観的な証拠の収集や検証がおろそかになる危険性。
  • 密室での取り調べ: 長時間、密室で行われる取り調べにおける、自白の強要や誘導の可能性。
  • 証拠の捏造疑惑: 捜査機関による証拠の捏造や隠蔽の疑い。
  • 再審制度の機能不全: 再審請求が認められにくい、いわゆる「開かずの扉」と呼ばれる日本の再審制度の問題点。
  • 死刑制度: 冤罪の可能性が否定できない以上、死刑制度の是非についても、改めて議論が求められます。

7. 今後の展望と私たちができること

私たち一人ひとりが、この事件に関心を持ち、日本の刑事司法のあり方について考えることが重要です。

冤罪は、誰にでも起こりうるのです。

袴田事件は、まだ終わっていません。真実の解明と、袴田さんの完全な名誉回復を願い、今後も事件の行方を見守り続けましょう。

さらに詳しく知りたい方へ

  • 映画「BOX 袴田事件 命とは」: 袴田事件を題材にしたドキュメンタリー映画。
  • 「袴田事件弁護団」ウェブサイト: 事件の詳細な情報や、最新の動向を知ることができます。
  • 各種書籍・報道: 袴田事件に関する書籍や報道は多数あります。

この問題について考えることは、日本の未来を考えることにもつながります。一人でも多くの方が、この事件に関心を持ち、議論に参加されることを願っています。

-刑法解説, 解説

© 2024 サムライ法律ノート