生存権とは、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を有するという、日本国憲法第25条に規定されている基本的人権の一つです。
社会権の中核をなす権利であり、社会保障制度の根幹となる重要な条文です。
日本国憲法第25条
- すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
- 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
生存権の内容
生存権は、単に生命を維持するだけでなく、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するものです。
つまり、人間らしい尊厳を保ちながら、文化的な生活を送ることができる水準を保障することが求められています。
具体的には、以下のような内容が含まれると考えられています。
- 衣食住の確保: 適切な食事、衣服、住居が得られること。
- 医療の保障: 病気や怪我をした際に、適切な医療を受けられること。
- 教育の機会: 教育を受け、自己の能力を伸ばすことができること。
- 社会参加: 社会の一員として、社会活動に参加できること。
生存権の法的性質
生存権の法的性質については、大きく分けて「プログラム規定説」と「法的権利説」の二つの考え方があります。
- プログラム規定説: 生存権は、国の努力目標や政治的責務を定めたものであり、具体的な権利性を認めないとする考え方。つまり、国民が直接裁判所に訴えて救済を求めることはできないと考えます。この説は、国の財政状況や政策判断を尊重する立場に立ちます。
- 法的権利説: 生存権は、国民に具体的な権利を保障したものであり、裁判を通じて救済を求めることができるとする考え方。この説は、さらに「抽象的権利説」と「具体的権利説」に分けられます。
- 抽象的権利説: 生存権は、国に対して具体的な給付を請求できる権利ではないが、国が生存権を保障するための立法措置を全く行わない場合、または著しく不十分な場合に、違憲審査を通じて立法を促すことができるとする考え方。
- 具体的権利説: 生存権は、一定の要件の下で、国に対して具体的な給付(例:生活保護費の支給)を請求できる権利であるとする考え方。
現在の通説・判例の立場
現在の通説的な見解は、生存権は抽象的権利であるとする立場が有力です。
つまり、生存権そのものから、国民が直接、国に対して具体的な給付を請求できるわけではないが、具体的な法律(例:生活保護法)が存在する場合には、その法律に基づき具体的な権利として主張できると考えられています。
最高裁の判例(朝日訴訟、堀木訴訟など)も、生存権をプログラム規定とまでは捉えず、国の広い裁量を認めつつも、立法や行政措置が著しく不合理である場合には違憲となる可能性があることを示唆しています。
生存権と社会保障制度
生存権は、社会保障制度を支える重要な理念です。具体的には、以下のような制度が生存権を具体化するものとして挙げられます。
- 生活保護制度: 生活に困窮する国民に対し、最低限度の生活を保障するための制度。
- 医療保険制度: 国民が病気や怪我をした際に、適切な医療を受けられるようにするための制度。
- 年金制度: 高齢や障害などにより働けなくなった場合に、生活を保障するための制度。
- 児童手当制度: 児童の健全な育成を支援するための制度。
- 雇用保険制度: 失業した場合に、生活の安定を図り、再就職を支援するための制度。
生存権をめぐる課題
現代社会では、貧困、格差、高齢化、非正規雇用の増加など、生存権を脅かす様々な課題が存在します。
- 貧困・格差の拡大: 経済格差が拡大し、貧困層が増加しています。
- 社会保障制度の財政問題: 少子高齢化の進行により、社会保障制度の財政が厳しさを増しています。
- 非正規雇用の増加: 非正規雇用で働く人が増え、雇用の不安定化や低賃金化が進んでいます。
- 社会的孤立: 地域社会や家族とのつながりが希薄化し、社会的孤立に陥る人が増加しています。
これらの課題に対応し、すべての国民が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができる社会を実現するためには、生存権の理念に基づき、社会保障制度の充実や、雇用環境の改善、貧困対策の強化など、総合的な取り組みが求められています。
まとめ
生存権は、すべての国民が人間らしい生活を送るための権利を保障した、日本国憲法の重要な基本的人権です。
この権利を実現するためには、国による積極的な施策が必要であり、私たち一人ひとりも社会の一員として、生存権の保障に関心を持ち、その実現に貢献していくことが大切です。