行政法解説

一発でわかる!行政行為の職権取消しと撤回の違い

行政法における取消しと撤回の違いを解説します。

この2つの違いはややこしく、頑張って暗記してもすぐに忘れてしまう人が多いと思います。

私が個人的に好きな判例を用いて解説します。

この記事を読めば 撤回と取消しの違いを忘れることはありません。

取消しと撤回の違い

はじめに、行政行為の取消しと撤回の違いをおさらいします。

行政行為の取消し

取消しは、行政行為の成立時に瑕疵があった場合に行われ、主体となるのは処分行政庁、監督行政庁、裁判所です。

取消しは、過去に遡って行政行為の効力を消滅させます。

行政行為の撤回

撤回は、後発的事情の変化により行われ、撤回の主体は処分行政庁のみです。

撤回は、将来に向かって効力が発生します。

撤回が一発で理解できる判例 菊田医師撤回事件

私が個人的に好きな、撤回可否について争われた判例「菊田医師撤回事件(最判昭63年6月17日)」を紹介します。

民法の特別養子縁組制度は、この事件が契機となってつくられたと言っても過言ではありません。

その意味で、社会的にも大きな意義のある判例なのでぜひ知ってもらいたいです。

菊田医師撤回事件とは

どういう事件かというと、

宮城県石巻市で産婦人科の開業医(優生保護法指定医)をしていた菊田医師は、中絶手術を行う中で、「この中絶行為は人殺しではないか」と葛藤を始めた。

その後、菊田医師は、中絶を求める女性に対して出産を促し、他方で、地元紙の広告で里親を募集し、生まれた赤ちゃんを子宝に恵まれない夫婦に無報酬であっせんする活動を続けた。

そして、その際に、当時は現在の特別養子縁組制度に相当する法律が日本には無かったため、やむを得ず偽の出生証明書を作成して引き取り手の実子としていた。※その人数は約19年間で約220人

1973年、中部地方の産婦人科医会が医師法違反で菊田医師を告発した。菊田医師は所属関係学会を除名され、優生保護法指定医を撤回された。6ヶ月の医療停止の行政処分も受けることとなった。

菊田医師は不服の訴えを起こしたものの、最高裁で敗訴した。

というものです。

事件の論点

この事件の論点は、「法令上撤回について直接明文の規定がなくとも、医師会は、菊田医師に対する優生保護法指定医を撤回できるか?」でした。

最高裁は、「右指定の撤回により当該医師の被る不利益を考慮してもなおそれを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められる場合に、指定権限を付与されている都道府県医師会は、右指定を撤回することができる。」

として、公益を優先するために法律の根拠なく撤回を行うことは許されると結論づけました。

最高裁URL: https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62344

まとめ

適法に優生保護法指定医の指定を受け、活動をしていたものの、出生証明書の偽造などの違法行為をしたために処罰され指定医を撤回された菊田医師。

撤回が後発的な事情によるもので、効力が将来に向かっているということが、この事件でよく理解できると思います。

これが、行政法でいう「撤回」です。

「取消し」は、成立に問題がある場合を指します。

たとえば、国家転覆を図る危険な人を、国家公務員の欠格事由である「政府を、暴力で破壊することを主張する政党の者」に該当していることに気がつかず採用してしまった場合などが当てはまります。

最初から問題がある場合が「取消し」、後になって問題が起きたのが「撤回」なのです。

以上が、撤回と取消しの違いです。

もう忘れることはないと思います。

司法書士試験、行政書士試験、公務員試験勉強中の方を読者と想定して書いてみました。

試験対策の一助になれば嬉しいです。

菊田医師事件のその後

ちなみに、この事件を契機に、菊田医師へ賛同の声が巻き起こり、実子として養子を育てたいと考える養親や、社会的養護の下に置かれる子どもが社会的に認知され、要望に応える法的制度が必要だという機運が高まり、人工妊娠中絶の可能期間が短縮され、昭和62年には特別養子縁組制度が新設されました。

菊田医師の活動は世界で認められ、彼は国連の国際生命尊重会議(東京大会・1991年)で第2回の「世界生命賞」を受賞しました。※第1回オスロ大会の受賞者はマザー・テレサなので、菊田さんの評価がどれほどのものだったのかよくわかります。

※本記事は、2024年11月4日時点で最新の法令に基づき執筆したものです

-行政法解説
-

© 2024 サムライ法律ノート