民法解説

民法 | 相続欠格と相続廃除についてわかりやすく 法的効果と両者の違い

相続権剥奪制度

相続欠格と相続廃除は、特定の事由に該当する相続人からその相続権を剥奪するための制度です。相続は通常、被相続人の財産がその意思に基づき、または法律の定める順序に従って承継されることを原則としますが、相続人となるべき者が被相続人や他の相続人に対して重大な非行を働いたり、遺言の公正性を害する行為を行ったりした場合には、その相続権を制限する必要が生じます。

本稿では、民法が定める相続欠格と相続廃除のそれぞれの定義、具体的な事由、法的効果について詳細に解説します。

相続欠格(民法第891条)の詳解

定義と法的性質

相続欠格とは、民法第891条に規定される特定の重大な事由に該当した場合に、その者の相続権が自動的に失われる制度です。この制度は、被相続人の意思や家庭裁判所の判断を要せず、法によって当然にその効果が生じるという点で、非常に強力な法的性質を持ちます。相続秩序を乱す極めて悪質な行為に対する民事上の制裁と位置づけられます。

相続欠格となる5つの事由

民法第891条に定められた以下の5つの事由のいずれかに該当する場合に、相続欠格となります。

  1. 故意に被相続人や相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者

遺産を得る目的で被相続人や先順位・同順位の相続人を殺害したり、殺害しようとして有罪判決を受けた場合が該当します。例えば、子が父を殺害して有罪となった場合、その子は父だけでなく、母や兄弟姉妹の相続についても欠格となる可能性があります。ただし、刑に処せられることが要件であり、過失致死や正当防衛で刑に処せられなかった場合は該当しません。

  1. 被相続人の殺害されたことを知って、これを告発せず、又は告訴しなかった者

被相続人が殺害された事実を知りながら、犯人をかばう目的で告発や告訴を怠った場合が該当します。しかし、その者に是非の弁別がない者(幼児や認知症患者など)や、殺害者が自身の配偶者または直系血族であった場合は例外とされます。捜査機関が動き出した後は告発・告訴の必要がなくなるため、この事由には当たりません。

  1. 詐欺又は強迫によって、被相続人が相続に関する遺言をし、撤回し、取り消し、又は変更することを妨げた者

被相続人が遺言をしようとしたり、既存の遺言を変更しようとしたりするのを、詐欺や脅迫を用いて妨害した場合が該当します。

  1. 詐欺又は強迫によって、被相続人に相続に関する遺言をさせ、撤回させ、取り消させ、又は変更させた者

詐欺や脅迫によって、被相続人に意に反する遺言を作成させたり、既存の遺言を撤回・取消し・変更させたりした場合が該当します。例えば、次男が父親に刃物を突きつけ、自分に有利な遺言を書くよう脅迫した場合などが挙げられます。

  1. 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者

自身の都合の良いように遺言書を偽造・変造したり、自分に不利な遺言書を発見したので破棄したり、預かっていた遺言書を隠して開示しなかったりした場合などが該当します。

相続欠格の法的効果

相続欠格事由に該当する事実があれば、特別な手続きなく、その時点で直ちに相続権を失います。遺言によって財産を譲り受ける「遺贈」も、民法965条が民法891条の規定を準用するため、欠格者は受けることができません。さらに、相続欠格者は、法定相続人に最低限保障される相続分である「遺留分」を請求する権利も失います。

しかし、欠格事由に該当しても、被相続人が生前に贈与を行ったり、生命保険の受取人に指定したりすることで、欠格者が財産を受け取ることは可能です。ただし、生命保険については保険会社の免責規定に該当する可能性もあります。

手続きの要否

相続欠格は、民法891条に該当する事実があれば、裁判などの手続きは原則として不要で、ただちに相続権が剥奪されます。ただし、欠格事由に該当する事実が明らかでない場合や、本人が認めない場合は、地方裁判所での「相続権不存在確認訴訟」や「相続権確認請求訴訟」によって争われることがあります。家庭裁判所における遺産分割調停では審理の対象とされません。遺産分割協議においては、欠格者は当然に相続人ではないため、相続欠格者を除外して協議が行われます。

宥恕(ゆうじょ)の可能性

相続欠格は原則として一度失われた相続人資格を回復させることはできません。しかし、被相続人が生前に「宥恕」(罪や過ちを許すこと)することで、再度相続人として認められたとする判例も存在します。この判断は個々の事情に基づいて行われます。

相続欠格は「自動的に」相続権を失うとされており、遺贈による財産取得も認められないにもかかわらず、「宥恕」によって回復する可能性があります。

相続廃除(民法第892条)

定義と法的性質

相続廃除とは、被相続人が、遺留分を有する推定相続人に対して、虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行があった場合に、被相続人の意思に基づき、家庭裁判所に請求してその相続権を剥奪する制度です。相続欠格とは異なり、被相続人の意思と家庭裁判所の審判という手続きを経てその効果が生じる点が特徴です。被相続人の個人的な意思を尊重しつつも、司法のチェック機能が働く制度です。

相続廃除が認められる事由

民法第892条は、以下のいずれかの事由に該当する場合に廃除が認められると規定しています。

被相続人に対する虐待身体的暴力(殴る、蹴るなど)や、恒常的な無視、介護放棄など、被相続人に肉体的または精神的な苦痛を与える行為が該当します。

被相続人に対する重大な侮辱: 被相続人の名誉や尊厳を著しく傷つける行為、例えば公然と誹謗中傷する、家族の集まりで「親として失格だ」等と被相続人を公然と非難し続ける言動などが該当します。

その他の著しい非行: 上記に準ずる、相続関係を破壊するに足る重大な非行。これには、犯罪行為(窃盗、横領など)、長期間にわたる不貞行為、被相続人の財産を不当に搾取する行為(ギャンブルで作った多額の借金の返済を肩代わりさせる、被相続人の預金口座から無断で多額の引き出しを行い浪費する、土地の権利書を偽造して無断で売却するなど)、近隣住民とのトラブルや暴力沙汰を繰り返し家族全体が被害を受ける状況などが含まれます。

事例と判例の紹介

認められた具体的な事例:

  • 息子(相続人)が無断で父親(被相続人)の郵便貯金約3582万円を払い戻し、かつ父親に対して繰り返し暴力をふるっていた事案 (和歌山家裁 平成16年11月30日審判)。
  • 息子(相続人)が窃盗等により何度も服役し、父親(被相続人)が息子の代わりに被害者らへの謝罪、被害弁償、および消費者金融への借金返済を行っていた事案 (京都家裁 平成20年2月28日審判)。
  • 養子(相続人)が養親(被相続人)の10年近くにわたる入院や手術を知りながら面倒を見ず、さらに養親が提起した離縁訴訟等について、体調不良を訴える養親へ長時間にわたり訴訟の取り下げを執拗に迫った事案 (東京高裁 平成23年5月9日決定)。
  • 息子(相続人)が父親(被相続人)から少なくとも3回にわたって暴行を受け、鼻血、肋骨骨折、外傷性気胸などの傷害を負い、全治約3週間を要した事案 (大阪高裁 令和元年8月21日決定)。

相続廃除が認められなかった具体的な事例:

  • 推定相続人が勤務先会社の金員総額5億数千万円を業務上横領した罪等により懲役5年の判決を受け服役した事案(「著しい非行」に該当しないと判断) (東京高裁 昭和59年10月18日決定)。
  • 嫁姑の不和に起因する言動で、推定相続人の一方的な責任ではないと判断された事案 (東京高裁 平成8年9月2日決定)。
  • 被相続人と別居し、離婚調停を申し立てた推定相続人(妻や子ら)を対象にした事案 (東京高裁 平成13年11月7日決定)。

相続廃除の対象者

相続廃除の対象となるのは、「遺留分を有する推定相続人」に限られます。具体的には、被相続人の配偶者、子、直系尊属(父母、祖父母など)が該当します。兄弟姉妹は遺留分が認められていないため、相続廃除の対象外となります。これは、遺言によって相続させないことが可能であるため、廃除という強力な手段を用いる必要性が低いと判断されるためです。

相続廃除は被相続人の意思と家庭裁判所の審判が必要です。相続廃除の事由は、相続欠格の事由に比べて抽象的・主観的な要素を含むため、裁判所がその正当性を慎重に判断する必要があります。このため、単なる感情的な対立ではなく、客観的かつ具体的な証拠(書面、録音、映像、医療記録など)に基づいて、相続関係を維持することが著しく困難であると認められるほどの重大な非行があったことを立証しなければなりません。判例が示すように、業務上横領のような重大な犯罪であっても、被相続人との関係性への直接的な影響が薄いと判断されれば、廃除が認められないケースもあります。相続廃除は、被相続人の意思を尊重しつつも、法定相続人の権利を保護するためのセーフガードが強く働いている制度です。

相続廃除の対象は「遺留分を有する推定相続人」に限定され、兄弟姉妹は遺留分がないため対象外です。相続廃除の最も強力な法的効果は、遺留分を含む相続権の剥奪です。兄弟姉妹には元々遺留分が認められていないため、被相続人は遺言によって自由に彼らへの相続分をゼロにすることができます。

相続廃除の法的効果

家庭裁判所で廃除が認められると、廃除された推定相続人は法的に相続権を失い、遺留分も含めて被相続人の遺産を受け取る権利を完全に喪失します。廃除された相続人が除外されることで、他の法定相続人の相続分が増加します。また、廃除の審判が確定し、市区町村役場への届出が行われると、廃除された推定相続人の戸籍にその事実が記載されます。

相続廃除の手続きの流れ

相続廃除には、被相続人が生存中に申し立てる「生前廃除」と、遺言によって意思を示し、被相続人の死後に遺言執行者が申し立てる「遺言廃除」の2つの方法があります。

生前廃除(被相続人による申立て)

  1. 廃除理由の確認と証拠収集→虐待、侮辱、著しい非行に該当する具体的な事実と、それを裏付ける客観的な証拠(書面、録音、診断書など)を収集します。
  2. 家庭裁判所への申立て→被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所に「推定相続人廃除の審判申立書」と必要書類(被相続人・廃除対象者の戸籍謄本など)を提出します。収入印紙800円と裁判所からの書類郵送費(数千円程度)が必要となります。
  3. 家庭裁判所による審理→裁判所は提出された書類や証拠を確認し、申立人や相手方(廃除対象者)から事情を聞く(審問)などして審理を進めます。相手方には反論を行う機会が与えられます。申立人と相手方の合意で廃除を行うことはできません。
  4. 審判の確定→審理の結果、廃除事由が認められれば、家庭裁判所は廃除を命じる審判を下します。審判書送達から2週間以内に不服申立てがなければ確定します。
  5. 市区町村役場への届出→審判確定後10日以内に、被相続人の戸籍がある市区町村役場に「推定相続人廃除届」と審判書謄本・確定証明書を提出します。この届出がなくても審判確定で相続人たる資格は失われますが、戸籍への記載のためには届出が必要です。

遺言による廃除(遺言執行者による申立て)

  1. 遺言書への明記 被相続人が生前に、遺言書に廃除したい推定相続人の氏名、廃除の具体的な理由(虐待や非行の具体的な内容)、そして遺言執行者を指定しておくことが重要です。
  2. 相続開始後の申立て→被相続人の死亡後、遺言執行者が被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に申立てを行います。必要書類には、被相続人の死亡が記載された戸籍謄本、廃除したい推定相続人の戸籍謄本、遺言書の写しなどが含まれます。
  3. 以降の手続き→生前廃除と同様に、家庭裁判所での審理、審判の確定、市区町村役場への届出が行われます。

相続廃除の取消し

相続廃除は、被相続人の意思により取り消すことが可能であると民法894条に規定されています。被相続人が生前に家庭裁判所に「廃除の審判の取消し」を請求するか、遺言で取消しを希望する旨を記載し、遺言執行者が死後に請求することで行われます。取消しが認められると、廃除された推定相続人の相続権が回復し、遺産を受け取る権利取り戻します。

相続欠格と相続廃除の比較

共通点

相続権の剥奪

いずれの制度も、特定の相続人から相続権を剥奪することを目的としています。

代襲相続の適用

欠格または廃除された相続人に子がいる場合、その子が代襲相続人として相続権を持ちます。

決定的な相違点

相続欠格が「自動的」かつ「手続き不要」であるのに対し、相続廃除は「被相続人の意思」と「家庭裁判所の審判」が必須です。この根本的な違いは、両制度の目的と対象とする行為の性質に深く関連しています。相続欠格は、殺人や遺言偽造など、社会的に見て極めて許しがたい、相続秩序を根底から破壊する行為に対する「当然の報い」として、法の厳格な適用を意図しています。ここでは、個人の意思や感情が介入する余地はほとんどありません。対照的に、相続廃除は、虐待や侮辱といった、より個人的な関係性の中で生じる非行を対象とします。これらの行為は、欠格事由ほど客観的に明確ではないため、被相続人の主観的な意思を尊重しつつも、その意思が正当な理由に基づくものであるかを司法が慎重に審査するプロセスが必要となります。これにより、被相続人の恣意的な廃除を防ぎ、推定相続人の権利を保護するバランスが図られています。

以下に、相続欠格と相続廃除の主要な比較項目を表にまとめます。

項目相続欠格相続廃除
根拠条文民法第891条民法第892条
法的性質法定の事由による自動的剥奪被相続人の意思と家庭裁判所の審判による剥奪
発生原因となる事由の性質客観的かつ極めて重大な犯罪的行為や遺言に対する不正行為被相続人に対する虐待、重大な侮辱、その他の著しい非行(主観的要素を含むが司法判断が必要)
手続きの要否原則不要(事実発生により自動適用)家庭裁判所への申立てと審判が必須
関与する機関法による自動適用(事実認定が争われる場合は地方裁判所)家庭裁判所
相続権回復の可否原則不可(宥恕の可能性は議論されるが、法的地位回復は困難)被相続人の意思により取消し可能
戸籍への記載なしあり(審判確定後の届出により)
遺留分侵害額請求権喪失喪失(遺留分を有さない兄弟姉妹は対象外)
代襲相続の適用ありあり
対象者潜在的な相続人全て遺留分を有する推定相続人(配偶者、子、直系尊属)

代襲相続の適用 両制度に共通する重要な効果

代襲相続の定義と要件

代襲相続とは、本来相続人となるべき者(被代襲者)が、相続開始以前に死亡、または相続欠格、相続廃除によって相続権を失った場合に、その者の子が代わりに相続する制度です。民法第887条に規定されており、被代襲者の直系卑属(子、孫など)や、兄弟姉妹の子(甥、姪)が代襲相続人となることができます。

相続欠格・廃除が代襲相続に与える影響

相続欠格者または相続廃除者がいた場合でも、その子(被相続人から見れば孫など)には代襲相続権が認められます。これは、親の行為によって子が不利益を被ることを防ぐための配慮であり、相続における「連座制」を回避する目的があります。

相続欠格も相続廃除も、いずれの場合も代襲相続が認められます。しかし、代襲相続に関する情報では、直系卑属(子、孫)の場合は再代襲相続も可能である一方、兄弟姉妹の子(甥、姪)の場合は一代限りです。親の非行によって子が相続権を失うという連座制を避けるため、代襲相続の制度が設けられています。

まとめ

相続欠格と相続廃除は、相続権を剥奪するという共通の目的を持つものの、その発生原因、法的性質、そして回復の可否において大きく異なります。

相続廃除は被相続人の意思を尊重しつつも、家庭裁判所の厳格な審査を必要とする制度であることを理解することが重要です。

出典

  1. 相続欠格 | Wikipedia
  2. 相続廃除 | Wikipedia
  3. 民法891条 | Wikibooks
  4. 民法892条 | Wikibooks
  5. 知っておきたい相続の基本。大切な財産をスムーズに引き継ぐには?【基礎編】政府広報オンライン
  6. (大判大11.9.25)
    被相続人又は先順位相続人を殺人の故意なく傷害し死に致らしめた場合は相続欠格事由とならない。
    被相続人又ハ先順位者ヲ死ニ致スノ意思ナク単ニ傷害ノ結果其ノ死ヲ誘致シタル者ハ民法第969条(現行本条)第1号ニ該当セス
  7. 相続権不存在確認等、所有権移転登記抹消登記手続 (最高裁判決 平成9年01月28日)
    相続に関する不当な利益を目的としない遺言書の破棄隠匿行為と相続欠格事由
    相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所定の相続欠格者に当たらない。

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