行政法における取消しと撤回の違いについて、解説します。
日常では同じような意味で使用している人も多いですが、法律用語としては、まったく意味が違うので注意が必要です。
ただ暗記するだけではすぐに違いを忘れてしまうので、判例を紹介しながら解説したいと思います
取消しと撤回の違いを表にまとめてみました。

行政行為の取消は行政行為の成立時に瑕疵があった場合に行われ、主体となるのは処分行政庁、監督行政庁、裁判所です。
取消しは、過去に遡って行政行為の効力を消滅させます。
行政行為の撤回は後発的事情の変化により行われ、撤回の主体は処分行政庁のみです。
撤回は、将来に向かって効力が発生します。
これらを頑張って暗記するのもいいのですが、ややこしいので忘れてしまいがちで、非効率です。
そこで、私が好きな判例、菊田医師事件を紹介します。
特別養子縁組制度は、この事件が契機となってつくられたと言っても過言ではありません。
その意味で、社会的にも大きな意義のある判例なのでぜひ知ってもらいたいです。
それでは、菊田医師、優生保護法指定医指定、撤回事件を解説します。
宮城県石巻市で産婦人科の開業医をしていて、優生保護法指定医を受けていた菊田医師は、中絶手術を行う中で、この中絶行為は人殺しではないか、と葛藤を始めました。
その後、菊田医師は、中絶を求める女性に対して出産を促し、他方で、地元紙の広告で里親を募集し、生まれた赤ちゃんを、子宝に恵まれない夫婦に、無報酬であっせんする活動を続けました。
そして、その際に、当時は現在の特別養子縁組制度に相当する法律が日本には無かったため、やむを得ずニセの出生証明書を作成して、少なくとも100名以上の赤ちゃんを引き取り手の実子としていました。
つまり、法律に違反しながらも100人以上の命を救ったのです。
しかし、1973年に、中部地方の産婦人科医会が医師法違反で菊田医師を告発しました。
菊田医師は所属関係学会を除名され、優生保護法指定医を撤回されました。
6ヶ月の医療停止の行政処分も受けることとなりました。
菊田医師は不服の訴えを起こしたものの、最高裁で敗訴してしまいました。
これが、菊田医師、優生保護法指定医指定、撤回事件です。
行政法でいう撤回は、このような場合をさします。
成立当初は瑕疵がなく、後発的な事情によって効力が失われ、効力は将来に向かうという撤回の条件が、この事件でわかりやすく理解できると思います。
一方で、取消は、行政行為の成立に問題がある場合を指します。
不正手段を使って自動車の運転免許試験に合格した人が、都道府県公安委員会から免許証の交付を受けたものの、後になって免許を取り上げられたとします。
このようなパターンが取消しです。
つまり、最初から問題がある場合が取消し、後になって問題が起きたのが撤回なのです。
公益を優先するためであれば、法律の根拠なく撤回を行うことは許されます。
最高裁の結論の一部がこちらです。
指定の撤回により当該医師の被る不利益を考慮しても、なお、それを撤回すべき公益上の必要性が高いと認められる場合に、指定権限を付与されている都道府県医師会は、指定を撤回することができる
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=62344
最後に、菊田医師事件のその後についても紹介させてください。
この事件を契機に、菊田医師へ賛同の声が巻き起こり、実子として養子を育てたいと考える養親や、社会的養護のもとに置かれる子どもが社会的に認知され、要望に応える法的制度が必要だという機運が高まり、昭和62年に、特別養子縁組制度が新設されました。
菊田医師の活動は世界で認められ、彼は、国連の国際生命尊重会議、東京大会で第2回の世界生命賞を受賞しました。
第1回オスロ大会の受賞者は、なんとマザー・テレサです。きくた医師の評価は、世界から見ても非常に高かったことがわかります。
まとめです。
- 撤回は取消しとは異なり、はじめは適法に成立している
- 撤回は、あとになって起きた事情が原因で効力が失われる
- 撤回の効力は将来に向かう
- 撤回をするのに、必ずしも法令の根拠は必要でない
- 撤回をなしうるのは、処分庁のみ
- 菊田医師は100人以上の赤ちゃんを救った
- 菊田医師は特別養子縁組制度新設に大きく貢献した
- 菊田医師の行動は、世界でも高く評価された
以上が、撤回と取消の違いです。