日本の個人情報保護法における仮名加工情報
近年の情報技術の発展に伴い、個人情報の利活用は、様々な分野で進んでいます。一方で、個人情報の保護の重要性も増しており、日本では個人情報保護法によって、個人情報の適切な取扱いが義務付けられています。
2017年の個人情報保護法改正により、「仮名加工情報」という新たな制度が導入されました。これは、個人情報を加工することで、特定の個人を識別できないようにし、より柔軟な利活用を可能にするための仕組みです。
本稿では、日本の個人情報保護法における仮名加工情報について、その定義、作成要件、利用目的、安全管理措置など、詳しく解説していきます。
1. 個人情報保護法の概要
個人情報保護法は、個人情報の適正な取扱いについて定めた法律です。個人情報とは、生存する個人に関する情報であって、氏名、生年月日などの特定の個人を識別できるものを指します。
同法は、個人の権利利益を保護するとともに、個人情報の有用性に配慮し、その適正な取扱いを確保することを目的としています。具体的には、個人情報の利用目的の制限や、安全管理措置の実施など、事業者に様々な義務を課すことで、個人情報の適切な取扱いを促進しています。 また、個人情報保護委員会(PPC)を設立し、個人情報保護法の施行状況の監視、ガイドラインの作成、違反行為に対する調査や勧告などを行うことで、個人情報保護の強化を図っています。
2. 仮名加工情報とは
仮名加工情報とは、個人情報保護法において、特定の個人を識別できないように個人情報を加工して得られる情報のことです。 ただし、他の情報と照合すれば、特定の個人を識別できる可能性があります。
具体的には、氏名などの個人識別符号を削除したり、他の記述に置き換えたりすることで作成されます。 例えば、氏名を「N4234D」のような記号に置き換えることが挙げられます。 この際、「個人関連情報」と呼ばれる、個人情報に準ずる情報も、仮名加工情報の対象となります。
2-1. 個人情報との違い
個人情報は、そのままでは特定の個人を識別できる情報ですが、仮名加工情報は、他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できません。
情報の種類 | 定義 | 具体例 |
---|---|---|
個人情報 | 氏名、住所、生年月日など、特定の個人を識別できる情報 | 氏名:田中太郎 、住所:東京都〇〇区〇〇 |
仮名加工情報 | 個人識別符号を削除または他の記述に置き換えるなど、特定の個人を識別できないように加工した情報 | 氏名:A001 、住所:東京都〇〇区 |
2-2. 匿名加工情報との違い
仮名加工情報と似た概念に「匿名加工情報」があります。匿名加工情報は、特定の個人を識別できず、かつ個人情報を復元できないように加工した情報です。仮名加工情報と異なり、復元することができないため、規制が緩くなっています。 一方で、仮名加工情報は、匿名加工情報と異なり、異なるデータセット間で同一人物の情報を紐づけることが可能です。これは、例えば、医療分野において、複数の医療機関のデータを連携させて分析する場合などに有用です。
3. 仮名加工情報を作成する際の要件と手順
仮名加工情報を作成するには、以下の要件を満たす必要があります。
- 他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないように加工すること
- 個人情報保護委員会規則で定める基準に従って加工すること
具体的な手順としては、以下のようになります。
- 加工対象の個人情報を特定する
- 個人情報保護委員会規則で定める基準に従って、個人情報を加工する
- 個人識別符号の全部を削除する。例えば、氏名、住所、電話番号などを削除する。
- 個人識別符号以外の記述等を削除または他の記述等に置き換える。例えば、生年月日を年齢に置き換える、都道府県名のみを残して市区町村以下の住所を削除するなど。
- 個人識別符号以外の記述等を削除した情報を加工する。例えば、年齢を年代別にグループ化する、身長や体重を一定の範囲で丸めるなど。
- 加工後の情報が、他の情報と照合しても特定の個人を識別できないことを確認する
4. 仮名加工情報の利用目的と制限
仮名加工情報は、以下の制限を守った上で、様々な目的で利用することができます。
- 法令に基づく場合を除き、特定された利用目的の達成に必要な範囲内で利用すること
4-1. 利用目的の制限
- 特定の個人を識別するために、他の情報と照合しないこと
- 情報の本人に連絡をとるなどの目的で利用しないこと
利用目的の例としては、以下のようなものがあります。
- 統計分析
- マーケティング調査
- 商品開発
- 学術研究
5. 仮名加工情報の第三者提供
原則として、仮名加工情報は第三者に提供できません。ただし、法令に基づく場合や、以下のいずれかに該当する場合は、第三者に提供することができます。
- 第三者提供を受ける者が、提供を受ける仮名加工情報と、自らが保有する仮名加工情報を突合しない場合
- 仮名加工情報の提供を受ける者が、当該仮名加工情報に係る削除情報等を取得しない場合
- 仮名加工情報の提供を受ける者が、当該仮名加工情報を他の情報と照合しない場合
また、第三者への個人データの提供に関する記録の作成・保存が義務付けられています。
6. 仮名加工情報の安全管理措置
仮名加工情報を取り扱う事業者は、その漏えい、滅失またはき損の防止等、安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなければなりません。
具体的な措置としては、以下のようなものがあります。
- 削除情報等を取り扱う者の権限および責任を明確にする
- 削除情報等の取扱いに関する規程類を整備する
- 削除情報等を取り扱う正当な権限を有しない者による取扱いを防止する
6.1 削除情報等の安全管理措置
仮名加工情報を作成する際に削除した情報や、加工の方法に関する情報(削除情報等)についても、漏えいを防ぐための安全管理措置が必要です。 これらの情報は、仮名加工情報と照合することで個人を特定できる可能性があるため、厳重に管理しなければなりません。
7. 仮名加工情報を利用する際のメリット・デメリット・注意点
メリット | デメリット | 注意点 |
---|---|---|
個人情報を削除することなく、統計分析などに活用できる。 | 他の情報と照合されることで、個人が特定されるリスクがある。 | 仮名加工情報を作成する際は、個人情報保護委員会規則で定める基準を遵守する必要がある。 |
匿名加工情報よりも規制が緩いため、柔軟な利活用が可能。 | 安全管理措置を適切に講じないと、情報漏えいのリスクがある。 | 仮名加工情報の利用目的を明確にし、その範囲内で利用する必要がある。 |
仮名加工情報の安全管理措置を適切に講じる必要がある。 |
8. 企業や組織における仮名加工情報の活用事例
- 医療分野: 患者の氏名などの個人情報を仮名加工することで、医療データの分析や研究に活用し、新薬の開発や治療法の改善に役立てることができます。 例えば、ある製薬会社が、患者の病歴や治療経過などのデータを仮名加工し、新薬の有効性や安全性を検証するために活用しています。
- マーケティング分野: 顧客の購買履歴などを仮名加工することで、商品開発や販売戦略に活用し、顧客満足度の向上に繋げることができます。 例えば、ある小売企業が、顧客の購買履歴やウェブサイトの閲覧履歴などを仮名加工し、顧客のニーズに合わせた商品開発や targeted な広告配信に活用しています。
- 金融分野: 金融取引の記録などを仮名加工することで、不正検知やリスク管理に活用し、金融犯罪の防止や顧客資産の保護に役立てることができます。
9. 最新の法改正やガイドラインなどの動向
個人情報保護法は、社会情勢の変化に合わせて改正が行われています。仮名加工情報についても、最新の法改正やガイドラインなどを確認し、適切な対応を行う必要があります。
主な法改正としては、2022年4月1日に全面施行された改正個人情報保護法があります。 この改正では、個人情報の取扱いに関するルールが強化され、仮名加工情報についても、より厳格な安全管理措置が求められるようになりました。具体的には、利用停止や消去の対象となる範囲が拡大されたほか、漏えい等の報告・本人通知が義務付けられました。また、個人情報保護法の域外適用が明確化され、海外にある第三者への個人データの提供に関する規制も整備されました。
また、個人情報保護委員会は、「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(仮名加工情報・匿名加工情報編)」を公表し、仮名加工情報の作成や取扱いに関する具体的な指針を示しています。
10. 結論
仮名加工情報は、個人情報を保護しつつ、その利活用を促進するための有効な手段です。 特に、近年注目されているAIやビッグデータの活用においては、大量のデータ分析が必要となる一方で、個人情報保護の重要性も高まっているため、仮名加工情報は重要な役割を担うと考えられます。
しかし、その取扱いには、法令やガイドラインを遵守し、適切な安全管理措置を講じる必要があります。仮名加工情報を作成・利用する際には、個人情報保護委員会規則で定める基準に従って加工を行い、利用目的を明確にするなど、適切な対応を行うことが重要です。
今後、AIやビッグデータの活用がますます進展していく中で、仮名加工情報の重要性はさらに高まっていくと考えられます。 企業や組織は、仮名加工情報に関する最新の情報や動向を把握し、適切な対応を行うことが求められます。 ソースと関連コンテンツ