成田新法事件とは、1980年代に発生した新東京国際空港(現・成田国際空港)の建設に関連する事件です。空港建設に反対する住民に対し、政府が「新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法」(成田新法)に基づいて工作物使用禁止命令を発したことが争点となりました。
この事件は、最高裁判所まで争われ、1992年7月1日に判決が出されました。最高裁は、成田新法3条1項1号は憲法に違反しないと判断し、政府の工作物使用禁止命令を合憲としました。この判決により、住民らが居住している建物は取り壊され、住民は土地から立ち退かなければなりませんでした。
成田新法事件の背景
新東京国際空港の建設は、1960年代から計画されていましたが、用地取得をめぐって地元住民との間で激しい対立が生じました。反対運動は、空港建設による農地の喪失や騒音被害への懸念、そして政府による強引な土地収用法の適用に対する反発から激化しました。
政府は、空港建設を推進するために、1978年に成田新法を制定しました。この法律は、空港周辺の土地に工作物を設置することを禁止し、違反者には罰則を科すというものでした。 成田新法3条1項では、以下の場合に運輸大臣が工作物使用禁止命令を発令できると規定されていました。
- 多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供され、又は供されるおそれがあると認められるとき
- 新東京国際空港の建設又は管理を妨害する目的をもつて、建造物、車両等の破壊その他の暴力主義的破壊行為を行う者の集合の用に供され、又は供されるおそれがあると認められるとき
- 新東京国際空港の施設又は航空機の損壊その他の暴力主義的破壊行為の用に供され、又は供されるおそれがあると認められるとき
成田新法事件の原因
成田新法事件の直接的な原因は、政府が成田新法に基づいて、空港反対派の住民が所有する土地に設置された工作物に対し、使用禁止命令を発したことです。 住民側は、この命令が憲法に違反するとして、裁判で争いました。
事件の背景には、空港建設をめぐる長年の対立と、政府による強引な手法に対する住民の不信感がありました。 政府は、空港の必要性を強調し、将来的な経済効果や旅客数の増加予測などを根拠に、事業の公共性の高さを主張しました。 しかし、裁判所は、これらの予測が「事業推進のための宣伝本位の作為的な不合理なものであるとまでは認めがたい」としつつも、住民の居住の権利を軽視する姿勢を示しました。 また、成田新法自体が、憲法上の権利を制限するものであるという批判もありました。
成田新法事件の経過
1980年代、政府は成田新法に基づいて、空港反対派の住民が所有する土地に設置された工作物に対し、使用禁止命令を発しました。住民側は、この命令が憲法に違反するとして、裁判で争いました。
裁判では、成田新法3条1項1号が、憲法21条1項(集会の自由)、22条1項(居住・移転の自由)、29条(財産権)、31条(適正手続きの保障)、35条(住居侵入に対する保障)に違反するかどうかが争点となりました。
一審の東京地方裁判所は、成田新法3条1項1号は憲法31条(適正手続きの保障)に違反するとして、原告の請求を一部認容しました。 しかし、二審の東京高等裁判所は、一審判決を破棄し、原告の請求を棄却しました。
最高裁判所は、1992年7月1日に判決を言い渡し、成田新法3条1項1号は憲法に違反しないと判断しました。最高裁は、空港建設の公共性と空港の安全確保の必要性を重視し、成田新法による権利制限は合憲であるとしました。
成田新法事件の争点
成田新法事件では、成田新法3条1項1号が以下の憲法の条項に違反するかどうかが争われました。
- 憲法21条1項(集会の自由)との関係: 工作物使用禁止命令によって、反対派の集会が制限されるのではないかという点が争点となりました。反対派は、工作物が集会や抗議活動の拠点として使用されていることを主張し、その使用を禁止することは集会の自由を侵害すると訴えました。
- 憲法22条1項(居住・移転の自由)との関係: 工作物使用禁止命令によって、住民の居住の自由が侵害されるのではないかという点が争点となりました。住民側は、工作物が住居として使用されている場合、その使用を禁止することは居住の自由を侵害すると主張しました。
- 憲法29条(財産権)との関係: 工作物使用禁止命令によって、住民の財産権が侵害されるのではないかという点が争点となりました。住民側は、工作物が私有財産である以上、正当な理由なくその使用を制限することは財産権の侵害にあたると主張しました。
- 憲法31条(適正手続きの保障)との関係: 工作物使用禁止命令の発令手続きにおいて、住民側に十分な弁明の機会が与えられているかという点が争点となりました。住民側は、行政処分を行う際には、事前に相手に通知し、意見を聴取する機会を与えるべきだと主張しました。成田新法に基づく手続きでは、こうした機会が十分に保障されていないと訴えました。
- 憲法35条(住居侵入に対する保障)との関係: 工作物使用禁止命令に基づく強制執行が、住民の住居侵入に対する権利を侵害するのではないかという点が争点となりました。住民側は、住居は憲法で保障された私的な空間であり、正当な理由なく立ち入ることは許されない、と主張しました。
成田新法事件の判決と影響
最高裁判所は、成田新法3条1項1号は憲法に違反しないと判断しました。 判決は、空港建設の公共性と空港の安全確保の必要性を重視し、成田新法による権利制限は、公共の福祉のために必要かつ合理的な範囲内のものであるとしました。
この判決は、公共事業と個人の権利とのバランス、そして行政による権利制限の限界について、重要な判断を示したものとして、その後の行政法学に大きな影響を与えました。 特に、公共の利益のために個人の権利を制限する際には、必要性と合理性の基準を厳格に適用すべきであるという考え方が、その後の判例や学説に影響を与えています。
反対意見
成田新法事件の最高裁判決には、反対意見もありました。反対意見は、憲法31条の適正手続きの保障は、刑事手続に限らず、行政手続にも適用されるべきだと主張しました。 成田新法は、工作物の所有者等に対し、供用禁止命令を発し、その違反に対し刑事罰を科し、また、工作物の封鎖、除去の処分をも定めています。しかし、同法は、これらの財産権等の基本的人権に対する侵害処分について、工作物の所有者、管理者、占有者に対して告知、弁解、防御の機会を与える規定を欠くものであり、適正手続の保障がなく、憲法31条に違反するとしました。
反対意見は、憲法31条を刑事手続きだけでなく、行政手続きにも類推適用あるいは準用すべきだと主張しました。 そして、行政処分の中でも特に権利制限の程度が強いもの、あるいは歴史的に典型的な権利制限的手続きとされてきたものについては、憲法33条以下で手続き的な要件が具体的に定められていると指摘しました。これらの条項が適用されない類型については、憲法31条が問題となるとしています。
さらに、反対意見は、行政手続法の適用除外がある場合にも、適用除外の理由を問い、その理由が妥当であるか、具体的な事案が妥当な適用除外の趣旨の範囲に含まれているかを問うべきだと主張しました。 そして、最高裁判例においても、行政手続きにおける適正手続き保障に関して、事前通知や防御の機会の付与を含む旨の判断が示されていることを指摘しました。
反対意見は、本件のようなケースにおいて、事前手続きが要求されるべきかどうかの検討も必要だとしました。 そして、国税通則法74条の14の1に基づく行政手続法3章の適用除外について、その理由の妥当性を厳格に審査し、行政手続法のルールを再確認した上で、そこから逸脱する合理的な根拠がないことを論証しました。
結論
成田新法事件は、公共事業の推進と個人の権利の保護という、現代社会における重要な課題を提起した事件でした。最高裁判決は、公共の福祉のために必要かつ合理的な範囲内であれば、行政による権利制限は許容されるという判断を示しました。
しかし、反対意見は、適正手続きの保障の重要性を改めて強調しました。成田新法事件は、公共事業における手続きの公正さ、そして個人の権利の尊重という観点から、今後も議論の対象となる重要な事件と言えるでしょう。特に、近年注目されている環境問題や開発に伴う住民 displacement (強制移住) の問題を考える上で、成田新法事件は多くの教訓を与えてくれます。
参考文献・資料
資料名 | 著者/発行元 | 詳細 |
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裁判例結果詳細 | 最高裁判所 - Courts in Japan | 平成4年7月1日最高裁判所大法廷判決 |
判例フォーカス行政法 | 児玉 弘: 佐賀大学 | 行政手続と憲法31条――成田新法事件(最大判平成4年7月1日民集46巻5号437頁) |
新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法 | ||
自治実務セミナー | Vol.43 No.5 (2004) Page 3 入門講座 | |
最判平4.7.1:成田新法事件(行政手続と憲法31条) |